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パソコンぶっこわれました。
まさかの、バッテリー、しょーと。 二遊間コンビではないよ。 帰ったら、速攻修理ですわこれ。 しゃーないので、ここのパソコンで更新。 あの…高校時代の写真がないのだけど、どうしようか… バルセロナ、やばいっす。 でも明日の夜にグラナダ行きます。 もっと泊まりたかったが、しかたない(笑) サンツこわいなー。 そこでスリにあった体験談、もうこっちで3件聞いたよ… 夜はさすがにこわいなー。さすがに。
どうも。
あまりの使いにくさに耐えかね、引っ越すこととあいなりました。 「そうよ、出ていくのよ」 「勝手にしやがれ」 ちゅーわけで、ジュリ―。 なんだかんだで、1000件以上も書かせていただき、こんなに書くとは思ってなかった僕としては、驚きであります。 移転先は、こちら。 続・は○しケンイチのハキダシたいの☆ アメーバさんにお世話になります。 脳がアメーバレベルの僕には、ちょうどいいでしょう。 死にたいなら、死ねばいいじゃん、って思いますけどね。 そういう勇気があるだけ、僕からみたら、尊敬に値します、いや本当に。 自殺した子からしたら、僕みたいな人間は、ただの臆病者に違いないのでしょう。 三島の仮面の告白ではありませんが、僕はよく、将来こういう死に方をして・・・みたいなしょーもないことで空想に浸る性癖みたいなのがあって、自分自身は死ぬことに対して恐怖心を持っていないんだと思っていましたが、実は一番死に対して怯えているんだろうなぁ、なんて思うようになりました。 逆説的ではありますが。 勇敢な奴ほど早く死ぬ、といいますか、そういう論理でしょう、たぶん。 ・・・違うか。 話はそれましたが、こういう事件おきると、いじめはいけないだとか、命は粗末に扱うなとか、結果しか見てないような議論をよく見かけますが、そういうのってどう考えたって幼稚だよね。 いじめが原因だかなんだか知らないけれど、自殺するのは誰かに言われたからじゃなくて、自分で決めたことなんだし、悔いはないでしょ、って思いますけどね。 粗末に扱ったかどうかなんてのは、結局他者からの尺度でしかないわけだから、そんなのを当てはめたってしょうがないわけです。 死んだ人は、もう何も語らないのだから。 戦争における「犬死」と「名誉ある死」の違いみたいなもんでしょうか。 結局、戦死だっていう・・・wwwww そもそも生きることが絶対的な善になる、って発想自体僕は好きじゃないですけどね。 生きることを強制的に強いる必要はないんじゃないかなって。 死ぬのも自由じゃね、っていう。 どうせ、1年も経てば忘れるわけだからさ。 だから、死にたきゃ死ねばいい、っていう発想になるわけ。 いま騒がれてる環境問題を解決する一番の方法は、人口を減らすことらしいから、口減らしの口実にはなるんじゃないですかね。 極論言えば。 いじめだってそう。 だったら、部落差別とかやめたら?とか思うし。 どんないじめだったかは知らんが、部落差別よりはましでしょ。 僕の昔住んでたところは、部落差別がひどかったですからね、僕はまだ小さかったし、よくわからないけれど。 そういうご都合主義は、あまり好きではないねぇ。 いじめが本当に社会問題だと思うのであれば、命の尊さとか説いて回ったって、効果ないわけですよ。 だって、対症療法でしかないもの。 もちろん、死にかかっている人を救う効果はあるかもしれんけど、根本的な解決にはならんと思う。精神論じゃ解決できない状況にまでなってるわけでしょ、現実問題として。 いじめがいけないとかなんとか言ったって、それでいじめがなくなるんだったら誰も苦労はしないはず。 自己と他者がいる限り、差別の感情は絶対に出てくるわけだから、それは仕方ないものとして向き合うしかないわけでしょ。 いじめはいけません、なんて上から押し付けたように言うんじゃなくって、もとから起こらないシステムみたいなものを作ってしまえば、いじめなんてなくなるんじゃね? 個人の努力に帰そうとするから、話がおかしくなるんでしょ、たぶん。 人間ってのは、環境によって行動が規定されるんだと思うので。 日本の学校教育の特質としても、子供にとっては学校が、社会の全部みたいなところがあるわけだから、そういう小さなコミュニティの中で、いじめを阻止するようなシステムを作ることができなかったら、社会における差別なんてなくすことはできないと思いますがね。 ちなみに一番の方法は、強権政治を敷くことだと思います。 とりあえず、先生がことあるごとにキレる、みたいな。 まぁ、今の社会じゃ無理じゃろね。 ちゅーわけで、いじめはなくならんと思う。
昨日、高校時代の同期と飲んできました@原宿の台湾料理屋
U山さんの法科大学院合格祝いってことで。 ここ、安いし、めちゃめちゃ旨かったです。 剣道部でうちの大学の同期の子のお父さんがやってる店なんだそうです。 ホントに美味しいので、ぜひ。 今度また、行ってみようと思いますー。 ゆーまさんが、コンドマニアの場所を道行く人に聞いてた、ってのには笑えましたwwww ちゅーか、出張先には無事辿り着いたのでしょうか?? 気になるところです。 とりあえず、海城高校は、本当に面白いやつが多いなぁ、と感じました。 人間的に、ね。 普通に話していても、他よりも一段も二段も内容というか、分析というかが深いから、聞いていてすごーく刺激になる。 本当に。 この高校に入れて、本当に良かったです。 そういうところは恵まれてるよな、自分。 今日は1月最後のシフトでした。 こっから、本格的に、卒論シフトです。(←おいこら、いつから言ってる、このセリフ 例のアジアなんとかかんとか(もうほとんど覚えてないっていうね)って授業のレポートは、職場の後輩のM崎くんとC葉ちゃんにやってもらうことにしました。(←勝手に決めた いやー、感謝感謝だね。(←承諾すらとってない さぞかし、いい読書レポートができることでしょう。(←無責任この上なし A間違いなしっすね。 むしろ、トリプルAとかくるんじゃね?みたいな。 ちなみにですね、題材はこれ(そのまま引用) 「次の本のうち、一つを選び、内容の要約をした上で、コメントを付しなさい。字数は400字詰め原稿用紙換算10~15枚で、コメントの枚数は25%以上になるようにすること。 岸本美緒・宮嶋博史『明朝と李朝の時代』 李泰鎮『朝鮮王朝社会と儒教』 宮嶋博史『両班―李朝社会の特権層』 山内弘一『朝鮮からみた華夷思想』」 ね、4000字だよ、4000字。 いけるっしょ???? ねぇwwwww 本ですか、まだ買ってませんwwww これからamazonで買いますwwwwwww 一番文量が少なそうなの買いますwwwwwww この、ほとばしる、やる気のなさwwwwwww ・・・・・・・ほんとね、もうね、丸投げしちゃってるワタクシをお許しください。 ちゅーわけで、今日はお仕事だったのですが、なんちゅーか、ずっと3時間ぽけーっと立ってるだけとゆーか、よくわからないシフトでした。 まぁいいや、お金もらえるし、ってことでwwwww そーいや、先週末はセンターだったんですね。 生徒から、数学が壊滅的に難しかったことを聞きました。 ベクトルは空間が出たんだってさ、そりゃエグいよね。 たしか、去年もそうだったような・・・ 自分が性格的に冷めているからなのかどうかはわかりませんが、頑張ってないやつには「頑張れ」って声かけられないんですよね。 やってないんだから、受かるわけないだろ、みたいな。 職場の同僚なんかは、そういうのを受け入れたうえで、応援しているんでしょうが、僕にはそれができない。 だから、「がんばれ」って、上辺だけでしかたぶん言えてないと思う。 そういうことを言ってる時点で、だいぶ幼稚なんですけどね。 もちろん、本気で頑張ってるやつは、本当に受かってほしいって応援したくなるし、たぶんしてるんだと思うけども。 受験なんて、本来はひとりで戦うものだと思うし、「仲間」だとか「一緒にがんばる」なんてロジックは、塾なんかの受験業界によってある種作られたもんだと思います、冷めた見方をすれば。 だからそもそも論として、受験業界、しいては教育産業なんてものが、はたして存在する意味があるのだろうか、なーんて考えてもキリのないところで悩んでしまっているわけですが。 まぁ、市場原理で当てはめたら、需要があれば産業は成立するわけですから、成り立つんでしょうがね。 ただ、消費者が「必要だ」って自発的に思ってるんじゃなくて、受験産業が消費者に「必要だ」って思わせているだけなのかもしれないよね、わからんけど。 話はそれましたが、できないってよりも、やってないやつが多すぎることに唖然とした、ってことです。 本当に大学に行きたいなら、勉強でもすればいいのに。 受験なんて、覚えてりゃどーにかなるべ、って話が多いわけだからさ。 グゥたれたり、泣きついてる暇があったら、勉強すれば受かる確率も上がるでしょ、って思うんですがね。 そうも簡単にできてないんだろうか、人間ってのは。 あとねー、思うのは、なんで言われたことしかやらないんだろう、ってこと。 ま、自分もそーゆーとこあるんですがねwwwww やり方工夫すれば、もっと効率よくできるじゃん、ってことたくさんあるのにね。 逆に指摘したら指摘したで、「○○にこう言われたから」とか言われるんだからなぁ、嫌になっちゃうよwwwwwwww 本来ならば、そういうところを注意すべきなのでしょうが、面倒くさいので言わないことにしてます。 そんなん、自分で気づけや、っていう。 あーだこーだ言うより、気づくように仕向けることのほうが、重要だと思った今日この頃。 それができているかどうか、といったら、また微妙なんですがねー。 でも、やっぱり、上からガツンと言うことも大切なのかもね。 教育ってのは、へりくだったりした瞬間、終わるものだと思う。 なんていうのかな、教育は、やっぱり殿様商売であるべきだと思うんだな。 あるべきというか、あり続けるべきなんだと思う。 そんなことを思った、センター明け1日目の夜。 英語を教えているのに、英語が全然できなかったことは、秘密でお願いいたします。 さっきまで聞いてた。 昔よく聞いてたなぁ、みたいな。 今でも好きです。 なんか、心が揺さぶられる。
卒論が、終わりそうもないんですが。
一応ですね、来週末までに終わらせる予定でいるのですが。 そうじゃないといろいろ困るんでね。 そろそろ、いろんな人間を手伝わせようかとか考えてるんですけどー。 まずはー、参考文献のリストを作らせるー、とか。 グラフの編集作業をやらせるー、とか。 その他もろもろ。 あとね、レポートも残ってるんすよ。 アジア社会史なんちゃらってやつ(←授業の名前すら覚えてない 6000字レポートだったか。 読書レポートだったっけ。 誰かにやらせよーかなー、とか考えてます、リアルな話wwwww そうもしないと、終わる気しないっす。 職場の後輩にやらせようかな。 脅せばなんとかなる・・・・んじゃね? それくらい、人望があることを祈りたい。 とりあえず、頑張ろうと思います。 さあ、がんばろーぜー! ・・・やってやる。
昨日、病院で診察を受けた帰りに入院してた病棟に卒業の挨拶に行ったところ、驚愕の事実が発覚いたしました。
えっと・・・なぜに復職していらっしゃるのでしょうか、っていう。 要するに、ニアミスwwwwwwww だいぶ焦りました。 なんですか、仕事辞めたのは、僕に決断させるための行動だったってわけですか。 勘弁していただきたいwwwwwwww なんだか逃げても逃げられない運命というか、業みたいなものを感じてしまいましたよ。 どこまでも追いかけてくる自縛霊みたいな。 でもなー、Fってのは捨てがたいんだよなー。 そんな我が家に光がやってきました。 午前中は、その回線の工事に駆り出されました。 卒論書かせろよ、って話ですが。 とかいいながら、更新してる時間あるのかよって話ですが。 要するに現実逃避したいだけです。 「げんじつとうひ」を変換すると、「現実」と「頭皮」が出てくるNECは、相手をよく見ていらっしゃる。 さすが、未曾有が、「みぞうゆう」じゃないと出てこなかっただけありますねwwwwww とりあえず光は早いらしい、ということは聞いていましたが、実際早いです。 僕が早いのかどうかはよく知りませんが、一般的に「早いのはよくない」という環境の中で育ってきてしまった僕にとっては、驚愕の事実であります。 何の事を言ってるかは、ご想像にお任せいたす。 おそらくそういったジャンルの映像を視聴することも、スムーズになると思われますが、スムーズになる→早送りが簡単にできる→常時強い刺激を与え続けることになる→早くなる可能性が高くなるといったあまりにもスムーズすぎる流れを想像すると、便利になるのもいかがなものかと思ってしまいますが、どうせ目の前の誘惑に負けるタイプですから、おそらく使い込んでしまうんだと思います、はい。 ま、こんなよくわからない心配をしている人間なんて、ほとんどいないと思いますがね。 ひかりさん、これからよろしくお願いします。 今夜、地元の祭礼に出席するはめになりました。 詩吟とか、できないんですけど。 どうやってやればいいんですかね? まぁ、なんとかなるか。
学食で台湾ラーメンってのを食べたのですが、本当に名古屋で売ってるんですかね?
教えてください、名古屋出身or名古屋在住のみなさま。 ただいま図書館です。 こんな余裕があれば、卒論書けよとかなんとか言われそうですが、少しは気分転換でもさせてくださいwww でも、卒業はしたいですwwwwww さっきまで病院に検診に行ってました。 ここんとこ良くないことが続いてたし、厄年ってこともあって、少し不安ではあったのですが、結果は良好でした。 いつも通り、蛋白もなし、潜血もなし。 微小変化型のネフローゼは、発症後2年が再発のリスクが高いらしいのですが、無事再発することなく乗り越えることができたっぽいです。 完全に運ではありますが、良かったと思います。 それなりに健康には気をつけたつもりでしたからね、だいぶ不摂生でしたが。 でも、再発のリスクがゼロになったわけではないので、これからも気をつけていこうと思います。 そして、何事もなく過ごせてきたこの環境に、感謝ですね。 とか言いつつ、昨日も不摂生をしてしまいましたが。 内定者の新年会に出席してきましたー。 といっても、1次会は3人しかいませんでしたがねwwwww しかも、全員、男。 場所が新宿だったので、ちょっと足を延ばして新大久保のコリアンタウンで食事をしました。 ちとマッコリを飲みすぎましたが・・・wwww 本気で卒論の心配をされました。 いやー、卒業しますってばよ、たぶん。 もう卒論提出済みだったり、そもそも卒論がない人もいるのね、うらやましいです。 でも、卒論はないよりはあったほうがいいと思うけどね、今はそんなこと言ってられないけれどwwww ちなみに卒論ですが、今さらながらもう少し枠を絞ればよかったなどと後悔しております。 たとえば健康食品の広告に絞る、とか。 いまのとこ、中途半端な記号論的解釈に終わってるので、そこをなんとかしたいとは思ってますが。 思っててもできない、そもそもやろうとしてもできない。 うそ、ただ単にやらないだけ、そしてそのスキルがないだけ。 それでもなんとかなるかなと思ってる自分は、危機感のかけらもないのかもしれませんが、頑張ろうと思います。 最近聞いてる曲 聞くだけで元気が出るよねー。
まさかの展開が起きました。
卒論の提出の件ですが、仮製本じゃ受け取ってくれない疑惑。 今年こそ、らしい・・・ 最後の手段ではあったけれど、仮製本提出を半ば覚悟していた身としては、退路を断たれた格好です。 この情報、間違いはなかろうな?とりっぴー殿。 社会学部教授の皆さま、ご乱心でもなされたか? それとも、こうなったのも、自分が厄年ってだけの話なのかしら。 というかまさか。 昨日今日とミッキーのネクタイつけてシフトに入ったからなのか? 人生なめてるみたいに思われたんでしょうか。 生徒からは、完全スルーでしたからね。 同僚からは、失笑をいただきました。 やっちゃった、みたいな。 どちらにしても、ご勘弁いただきたく存じ上げまする。
オールして帰ってきたら、前回の記事が面白いことになってて驚きましたwwwww
別に批判等々は気にもしませんし、むしろ僕にとっても新しい発見につながるので、ちゃんと読ませていただいてるのですが。 今回は、ちょっとケンカを売ったような文章になりましたし、キツい批判が来るのも仕方ないかなぁと思い、コメント返しをさせてもらったのですが、ついでにスパムコメントを整理しようとしてIPをみて唖然としましたwwwww ネットって怖いですねー。 簡単に他人に成り済ませますからね。 だけど、他人の批判をするからには、真っ当な方法でやるのが礼儀だと思うんですがね? 自分の素姓を明かすだとか、言い方には最低限の注意をするだとか。 そういうことができない人間に、批判をする資格はないと思うんだけどね、まぁいいや。 それでも怒りが収まらないようなら、逃げも隠れもしないから、馬鹿にするなりこき下ろすなり、気が済むまでやればいい。 こんなんに自分の行く末と、日本の将来を心配されちゃったよ、おめでたい話ですなwwwww もう、同じ土俵に立つのだってめんどくせぇ。 勝手にしやがれ、って話ですな。 さて。 昨日は大学の同期と新年会でした@国立。 中央線が高架工事だかで止まる+翌朝仕事@立川ってことで、オールする覚悟で臨んだ飲み会でした。 参加者は10人ちょっと、一番遠くて京都から来たんだもんな(ちなみに会の主役という名のおそらくダシ)、すげーよなぁ。 そのうち3分の1くらいは留年組でしたが。 まぁ、そこら辺は不問に付していただきたく。 誰が言い出したのか、それとももとからそういう暗黙のルールがあったからなのか、完全なるビール縛りでした。 最初はどうってことなかったんですが、だんだんつらくなってきましたねwwww 僕もお酒が弱くなったものです。 実際に働いてるやつらから経済の話を聞くと、やっぱり不況というか、厳しい状況なんだなぁと実感します。 ビジネスの話しかり、ボーナスの話しかり。 とりあえず、内定取り消しにならないことを僕は切に祈るばかりですwwwwwwww 本来ならば、つ○さんが払ってくれるはずだったのですが、1次会で焦げ付き、結局2次会以降は僕が払いました。 そんなわけで、僕も軽く破産しましたwwww 所持金300円とか、リアルにあったからねぇwww そろそろ資金回収をさせていただきますので、皆様ご用意くださいませませwwwww 今月、カード23万はきついっす。 軽く、涙目wwww 予想してたことだったのかもしれませんが、2次会の途中からグダグダになりはじめ。 飲み会の途中でニャンニャンしても、別にいいと思いますー。 立ち位置によるとおもうけどwwwww 結局、微妙な時間にお開きになり、おーのさんの家に泊まらせてもらいました。 聖蹟桜ヶ丘って綺麗だよね、車スピンさせたけどwww おーのとも半年ぶりくらいに会ったのかな、懐かしいなぁ。 今朝は仕事がキャンセルになったので爆睡してたのですが、急きょ呼び出され、昼ごろ出勤。 生徒が質問持ってきてるらしいみたいな話は聞いていたのですが、何に関する質問なのかさっぱりわからない状態で出勤いたしまして。 しかし・・・ しかし・・・・・・・・ だいぶ待たされた揚句、持ってこられた質問は、数Ⅲっていう・・・ 僕、理系じゃないんですけどね。 そんなこんなで、よくわからない1日でした。 不毛というか、なんというか。 今週末に終わらせるはずだった卒論は、1週間ずれる予定です。 先生、卒業させてくださいwwwww
子供を置いてパチンコ行ったって、べつにいいんじゃね?とか思うんですがね。
Excite エキサイト : 社会ニュース 近くで子供3人が死んだ火事があったのですが、そこの母親が子供を置いてパチンコに行ってたらしく、それがどうやら非難の的になっているようです。 僕はパチンコをあまりしたことがないのでよくわかりませんが、パチンコに行ったからといって育児放棄になるとは到底思えないし、もちろんパチンコが絶対必要なものだとは言わないけれど、悪だとは思えません。 悪だと思えば、当人が行かなければいいだけのものだと思いますし。 ただし、その価値観を他人の行動にまで当てはめるのはいかがなものかと思います。 麻生さん風に言えば。 じゃあ仮に、市役所に行ってる間になったとしたらどうなのか。 近くのスーパーに買い物に行ってたとしたらどうなのか。 この論理だと、市役所なりスーパーなりが批判の対象になりますよね。 だけど、あら不思議、この場合はおそらく批判がなされない。 母親の義務の放棄にはつながらないらしい。 報道などを見ていると、その論拠としては、まずひとつに外出時間の長さという問題があるようです。 確かに、買い物なんかに比べてパチンコのほうが長引く危険性は高い。 けれど、子供を置いて外出した時点で、火事が起こるリスクは格段に上がるわけですから、どこに行こうと同じじゃね?という反論はできるわけです。 次に、子供を置いて外出した行為そのものに対する批判があるようです。 ただ、ちょっと待て、と。 パチンコ屋にもいまは託児所を設けているところが多いらしいのですが、それは置いておくとして。 仮に仕事をしていたとしたら、そこは育児環境がしっかりしているという保証があるのかどうか。 おそらくないでしょうね。 託児施設を日本の中でどれくらいの企業が託児所を設けているのかは、資料を持っていないので知りませんが、感覚的にそこまでないでしょ、と思ってしまいます。 じゃあ、民間に委託すればいいじゃないか。 でも、入園制限している託児所・保育園ばかりです。 毎回子供を連れて外出しなきゃいけない、なんていわれたら、世のお母様方はまったく羽なんて伸ばせやしませんよ。 ということは、ヘタすりゃ、母親である人は、絶対に子供から目を離してはいけないって話になる。 もっと踏み込んでしまうと、主婦という存在を絶対的に求めているってことになる。 この批判だと。 ちょっと飛躍しますが。 主婦になりたい/なりたくないってのは女性個人の選択肢の問題なので、別になんとも思いませんが、社会そのものが主婦を絶対的に求めるという論調に対しては、なかなか違和感を感じてしまいます。 特に女性の社会進出が叫ばれている時代にもかかわらず、なぜ逆のベクトルへと話が進んでいくのか。 ならば、かかるリスクをヘッジ下上で自分の時間(仕事でも遊びでも)を作る方法について議論したほうが生産的だと思うんだけどな。 そう考えるのは僕だけでしょうか。 続いてパチンコという娯楽に対する批判があるようです。 ここまでくると、頭弱いんじゃないかと思ってします。 そういうことを言う人たちには、どこか「娯楽=悪」みたいな方程式というか構図が成り立っているようです。 じゃあ、その人たちには娯楽はないのか。 そりゃ、個々に聞いていかなきゃいけないでしょうが、それは嘘だろうね。 んで、おそらくこう言われるでしょう。 「健全な」娯楽と「健全でない」娯楽にわかれると。 どうやらパチンコは後者の部類に入るらしい。 なるほど。 では、「健全」かどうかを決めるのは、誰なんでしょうかね? どっかに神の視座でもお持ちになってる方がいて、そこで判断してるんでしょうか? それならば納得ですが、おそらく違うでしょうね。 どっかでモクモクと湧き上がった論理ないし価値観でしかなくて、結局そこに縛られた議論になる。 価値観に縛られない議論なんてのはそもそもできませんが、だからといって単純な善悪の二分法でグルーピングしていくというやり口には抵抗を覚えます。 誰だったか忘れましたが、趣味によって社会階層がわかるって話を聞いたことがあります。 ソーシャル・キャピタルの話ね。 趣味と娯楽を一緒にしていいかどうかは議論の余地があるでしょうが、パチンコをする階層は、決して高い階層ではないと思います。 積もり積もれば大変なことになりますが、少ない出費で楽しめる娯楽ですからね。 だから所得の少ない人でも集まりやすい素地みたいなものはあるんだと思います。 裏を返せば、「健全でない」娯楽と批判する根底には、そういった階層に対する差別というか、侮蔑みたいなものを感じてなりません。 どんな立場の人間だって遊びたいという欲求はあるわけですから、そこから目を背けることはいかがなものかと。 見せかけのストイシズムみたいなものは、あまり好きではありません。 やるなら根本からやってもらいたい。 事件報道だけからしか判断できませんが、その中での伝えられ方ないし反応からは、こーんな印象を受けてしまいます。 じゃあ、今度はもう少し根本の部分を見てみると、そもそも報道する必要があったのかどうか、って話になってくると思います。 伝える側の論理としては、情報を欲してる人間がいるからだとか、報道の自由だとかって答えが返ってくることが予想されますが。 前者については、それは伝えた結果であってのことであって、その情報自体を本当に視聴者が欲しがっていたのかについては、疑問が残ります。 視聴者としては、あるから飛びついてみた、という部分はあると思うので。 後者については、完全に伝家の宝刀・錦の御旗みたいになっていると思います。 まるで隠れ蓑ですが、人間のプライバシーに勝手に踏み込んで行っていいのか、という疑問は常々持っています。 悪事を働いたのであればともかく(これが悪事に該当するのかどうかも微妙だけど)、微妙なラインの内容にまで踏み込んでしまっても本当にいいのか。 伝えられないことによって守られていたはずのものが、伝えられたことによって踏み荒らされてしまうんじゃないのか。 そしてメディアにはそういう権利があるのか。 メディアの守備範囲が拡大しつつある今だからこそ、考えなきゃいけないことだと思いますが。
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