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秋止符~祭りの季節なのです~②

前回の続き)

そんな11人の部長により走り出した111代文化祭実行委員。しかし、僕と彼らとの出会いは他に比べて意外と日が浅いのです。
周りの部長達は高1から文実としてやってきた、いわば叩き上げの男達。文実としての経験は豊富なわけでして。一方僕は高2からの新参者。いろいろな理由で部活を辞めてからの暇つぶしで入ったようなものでした。
むしろ、暇をもてあましていた僕に実行委員長から直々のオファーがあったのです。今、振り返ってみると、せーいちにはとても感謝しています。

さて。時は遡ること5月中旬。初の2年による顔合わせ。この時はまだ僕の配属先は決まっておらず、ましてや部長をやるなどとは夢にも思っていなかったわけでして・・・まぁ、せーいちの独断と偏見で決まったわけです。ただ単に、そこのポストが空いていただけ、って話ですが・・・(笑)

その当時、他の部長達との面識が特にあったわけでもなく・・・という状態からのスタート。むしろ一部の人間は僕が避けていたようにも感じます。ぶっちゃけ。
そう考えると、マイナスからのスタートだったのかもしれませんね。

当時は2年スタッフもあまりいないような状況。そんな中、部員のリクルーティングを始めたのです。目星をつけたのは、コバシュンと中根。コバシュンはせーいちの紹介。そんでもって、中根は僕の勧誘の成果(なのか?)・・・たまたま同じクラスで、席も隣だった、それだけの理由ですが。
そんな中、1年生も2人入ってきました。キャラが濃い、というか、なんとも個性的な2人でした。彼らに助けられることの方が断然多かったわけでして。不甲斐ないリーダーでした、ええ・・・

月2回、部会を開いて企画の打ち合わせをし、他の日は企画の準備というサイクルが始まります。週6日、下校時刻ギリギリまで委員会室(=生徒会室)に詰めている、そんな生活。昼休みは部長達で集まって、弁当食べながら会議。その半分以上は雑談でしたが。
委員会室で過ごす時間の半分以上をエロサイトに費やしていた、なんてことは口が裂けても言えません。いや、今だから言えることなのか。部内のメーリスなどいろいろ完備。使ったのは2回だけですが。

予備校に行かなくなりだしたのもこの頃。忙しさにかまけて、授業をよくサボったものです。先生や予備校のスタッフには、相当のご心配をおかけしました。自習室で企画書を書いてみたり、小道具作ってみたり。自習室のオジサンに何度もカミナリを落とされたものです。それも今となってはいい思い出。

この頃は、企画書の作成が部内の仕事のメイン。どのようなイベントを開くのか。それはどのようにして進行するのか?賞品は?予算は?そういった企画の中身を詰めていくことに時間を費やしました。話し合いを重ねて企画を詰めていった結果、企画が決定。
・イントロdeポン
・ぷちミリオネア
・カラオケ大会
・ビンゴ
・ミスター海城コンテスト
・いいとも企画(!)
・教員大喜利

こんな感じ。もしかしたら、忘れている企画もあるかもしれませんが・・・この6つが特に印象に残っております。ま、ミスター海城コンテストと、いいとも企画は当日潰れるという大ハプニングを起こしましたが。(笑)どちらも僕の企画ですが。当日になっても参加者が集まらないのです。ミスター海城コンテストなんて、エントリー1人ですよ?しかもサクラっていう。僕にはどうやら、おちまさとのような才能はないらしい。

予算が決まったのもこの頃。15万ほど頂きました。いやはや、監査なぞ入っていたら、8万くらいにまで落とされていたでしょうな。甘い汁、沢山吸わせていただきました。Porterの財布を買ったのも、この頃。部内で極端な緊縮財政を張った賜物といえばそうなのですが。高橋是清ばりに。

委員会内では、海城ストラップの企画やら例年に引き続きアジア屋台の企画が。総務部長・おーののストラップ案には感動したのを覚えています。ミニステージの賞品やら、キリ番のお客様にあげたり。シリアルナンバーを入れる、というのは正解だったね。ちなみに111番は誰が持っているのかな?
アジア屋台は新大久保の街の特色を生かしたもの。新大久保はアジア人街として全国に有名なわけでして。当然、いろいろな国の飲食店があるわけです。韓国・中国はもとい、タイ・ミャンマー・ラオス・カンボジア・ベトナム・・・と。
色々と試食して回りました。いや、試食という名のお昼ご飯。もちろん学校のお金で。生徒の親御さんの血税で。血税は有効に使わせていただきましたよ、僕らのお腹に。
最終的に、韓国料理のハレルヤミャンマー料理のヤッタナーに出店を打診することに決定。どちらもテレビで紹介されるほどの有名店です、この界隈では。

ちなみに展示部長・しばたは、参加団体との折り合わせに腐心しておりました。完全に自分の世界、入ってたね。他の部は、どうなってたかあまり知りません。

そんな中で、夏休みに突入・・・
夏休みから、委員会本部を小教室に移して活動再開。理由は簡単、冷房が利いてるから。ほぼ毎日、委員会室に詰めていました。朝いつも通り出勤→作業→夏期講習→帰宅、というサイクルが続きます。もちろん、夏期講習もほとんどサボってました。勉強?何それ?状態・・・
週2ペースで企画会議を行い、後は小道具の作成、企画書の改訂・・・小道具の作成がメインでした。ミニステージは小道具が命ですので。あとはレンタル用品の注文など。模造紙を大量に買い込んでた気がする。在庫がなくなるまで買い込みました。企画の1つ、ぷちミリオネアで使うのです。そういや、生徒会長のキムさんも小教室、入り浸ってたなぁ。
しかし、夏休みの前半はほとんど何もしない、って日の方が多かったような気もします。それなりに忙しかったけれど。

途中、ASYSのスタディーツアーで韓国行ったり、一人旅でドロンしたりと、ある意味リーダーにあるまじき行為をしても優しく見守ってくれたみんなには感謝してます。
髪を染めたのも、この時期。親にこっぴどく怒られました。「アンタなんてうちの子じゃない!」って・・・今の方が茶色いですが、今のほうが奇抜な髪型ですが、何も言われません。(笑)

夏休みも終わりに近づき、焦り始めてきます。小道具製作が間に合わない・・・と。下校後、自習室で作ってみたり、家で作ってみたり。家族総動員法も制定しました。ええ、ホントに。

・・・そんな中、夏休みは空けたのでした。
学校が始まると、委員は部の仕事を超えて色々なことに狩り出されます。まずはビラ配り。文字通り学園祭のビラを学外で配るのです。もちろん、ターゲットは女子高生。そんなわけで、女子高の前で配るのがメインなのは言うまでもなく。四谷の某F葉高校の構内に入り込み、警備員に捕まったのもこの頃。某T京J学館のメールボックスに大量のビラをぶち込むという、暴挙に出るのもこの頃です・・・
こんなことするから、海城ってイメージ悪いんでしょうな。まぁ、仕方ない。
あとは、先生方へのあいさつ回り、部長会も頻繁に行われるようになります。

こんなことばかりしているから、ミニステージの作業が進むはずもなく・・・半分近くの小道具が未完成のまま、1週間前を迎えます。

(つづく)
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by rinnken1228 | 2005-11-02 11:43 | は○しケンイチ的こころ
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