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エビの数だけ幸せになれる・・・のか

みなさんこんにちは。
ただ今実家に帰っております。
本当は免許を取得する予定だったのですが・・・
住民票を忘れたため断念・・・orz...

4時過ぎまでゴロゴロしています、たぶん。
タブロイド観てから、出ます。
夜からは揚州入ってるし・・・今日もまくりかなぁ・・・?
そんなの・・・イヤデス・・・(笑


それにしても・・・ゼミ論の準備、何もやってません。
やばいです、やばいです、やばいです・・・orz...
メンバーの中で、おそらく1番何もやってない部類に入るのでしょう、きっと。
やばいなぁ、終わってるなぁ。
やばす、やばす、やばす・・・

ちなみに、ゼミ合宿の場所が本郷に決定いたしました。
東大赤門の目と鼻の先だそうです。
観光気分もへったくれもありませんが、何か?
他のゼミは、伊豆やら箱根やら軽井沢やら行ってるのにさぁ・・・orz...
ま、合宿先がマーキュリータワーなんてゼミもありますからねぇ。
それよかましか・・・(笑


さて、後半はエビちゃん人気についてでも。




ようこそ後半へ。

みなさんはこんなCMを観たことがあるでしょうか?
まぁ、個人的にはあれを観ると恐ろしいくらいの吐き気に襲われるわけですが。
まぁ、そんなことは個人的なことなので関係ありませんが。
しかしながら・・・原因不明ってのが、恐ろしいというかなんと言うか・・・

さてさて。
ところで、なぜマクドナルドは「エビちゃん」をイメージキャラクターに起用したのでしょうか?
確かにその商品のメインであるエビと、それを掛け合わせたのかもしれません。
しかし・・・だ。
本当にそれだけなのでしょうか?


彼女の特徴の1つは、その視線でしょう。
そこには眼差す主体である彼女と、その眼差される客体である観客。
そして・・・上目遣いで相手を見ることによって、眼差される客体はある種の優越感に浸ることができるわけで。
彼女の見せるその眼差しはまた、「かわいさ」もが強調されている。

そこには、成熟された身体との対角線上にある幼稚さのそれぞれが強調されているのです。
「かわいい」とは、その言葉の裏には、その対象への保護欲求が隠されているのです。
それを1つのフェミニズムの1形態として見るのは早計でしょうが、それもできると思います。


もしかしたら、その客体に対して「幸せのおすそ分け」をしているのかもしれません。


まぁ、また今度詳しく書いてみますかね。
わかんね、手詰まりになっちまった。
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by rinnken1228 | 2006-09-04 15:29 | は○しケンイチ的こころ
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