<< ゼミ、とまらない 素晴らしき履修計画 >>

美しさの定義とか

おはようございます。
吉岡美穂のどこがいいのか全然わからんのですが。


これから就活セミナーまでヒマなので、更新することにするわけで。

・・・他にすることあるだろ、とか言わないそこ。
テープ起こしとか三商やら輪読の準備とか・・・orz...

N村不動産がデベロッパーのお仕事を紹介してくれるとかしてくれないとかなので、行ってみることにします。
ええまあ、クリエイティビティとかそこらへんの理論武装していきますよ。(←ゼミの受け売り


最近、ある人をずっと追っていく、ってことが無性にしたいな~、なんて思っています。
社会調査風に言えば、ライフヒストリー研究法とでも言うのでしょうが。
その人がどんな生い立ちを経て今に至っているのか、どんなことを考えているのか。
そういうことが知りたいな、って思いまして。
かなり永沢光雄に影響された部分は大きいと思う。
だけど、そういうルポこそ今求められてるんじゃないかな、って思うわけで。
中流社会といわれる今だからこそ。

まぁ、だからといってライターとかになるほどの才能は持ち合わせてすらいないんですがね。


さて。
最近、「美しい」という言葉に妙に敏感に反応してしまうわけで。
すごく「美しい」という言葉が安易に用いられているように感じると同時にどこか使われ方に違和感をも感じてしまうわけで。

そもそも、「美しい」とはどういう意味なのでしょうか?
広辞苑によると、「美そのものへの愛」を表す言葉だそうで。
それはそれで納得がいくのですが。

「美しい」という言葉は、非常にショッキングなニュアンスをも付帯するものです。
その例としては「TSUBAKI」などがよいでしょう。
「日本の女性は美しい」。簡潔なこのフレーズの中には迸るほどのメッセージ性が含意されているわけで。

と、同時に全てのものを覆い隠してしまう危険性をも含むものです。
それはどっかの国のタヌキジジイがのさばった「美しい国」発言にも見られるでしょう。
誰にとっての美しいなのか?なにをもって美しいなのか?

「美しい」の基準は、人それぞれで大きく異なるものです。
真っ赤な薔薇を見て美しいと感じる者がいる反面、すっきりと完結された数式を美しいものと捉える者もいる。
かといえば、新宿の混沌とした雑踏に美を見出す者がいるかもしれない。
このように、基準はまちまちである上に、整合性のかけらも見当たらないのです。

では、そこになぜ「美しい」という言葉を持ってくるのか。
そこには何かとてつもなく汚いものを隠そうとする意図を感じてしまいます。
裏にはなにかドロドロとした有象無象どもがはびこっているのではないかと・・・
それを隠すために、「美しい」というショッキングなまでにメッセージ性を有する言葉を使ったのだと思います。
もちろん、その陰に何があるのかはわかりませんが・・・


「美しい」って言葉は奥が深い・・・
ちなみにこの言葉、人前では使ったことがありません。
[PR]
by rinnken1228 | 2006-11-10 11:59 | は○しケンイチ的こころ
<< ゼミ、とまらない 素晴らしき履修計画 >>