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「手紙」を分析してみた。

みなさまこんにちは。

なんだかすることがありません。
いや、やらなきゃいけないことは腐るほどあるのですが。
要は、なにもやる気が起きぬのです。
ま、そんな日もあるさ、と。
最近多いけど。

最近になって、またリクルーターから電話がかかってきまして。
つい最近だと、東○電力・JR東○。
しかも、時間帯が非常識このうえないときた。
それぞれ、夜中の11時、12時にかけてくるもんな。
空気読めよばか、って思うわけで。

しかも1度だけじゃない。
東○電○にいたっては3回
だからな。
僕だって前科2犯ですよ。
あ…前歴だった。

人がせっかく携帯であんなことこんなことしている時にかけてくるこたないでしょう、と。
携帯であんなことこんなことしてる→着信(しかも非通知ときた)→不意にとってしまう→ここは病室、通話不可能→ナースステーションの前を不自然に前かがみになりながら走っていく→通話エリアへ

…明らかに不審者でしょうが。
挙動不審このうえないわけで。
赤っ恥青っ恥もいいところですよ。

呼びとめられて理由聞かれて、
クララが立った!
なんて間違っても言えないでしょうが。

…放置されて逆によかったよ。

あまりにも頭にきたので言ってやりました。
僕「いま、入院中で就活1年延びたんで…」
人「あ、そうですか…お大事になさってください。」
僕「リクルーターって、いつもこんな遅くに電話かけてくるんですか?」
人「いや、たまたまそうなっただけで…では来年ご縁がありましたら…」
僕「来年はないと思いますけどね。」

けっ、言ってやりましたよ。
自分が小さいことくらい百も承知ですが。

夜中に電話をかけてくるような人間は嫌いなのでね。
顔見知りとか、急用ならばともかくとして。
そーいう、デリカシーのないやつは嫌い。
そして、そーいう人間を採用した会社も好きにはなれないんだよな。

そういえば。
あこがれのNさんの髪型が変わってました。
切らなかった方がいいと思うんだけどなぁ。
軽くショックで。

さて。
東野圭吾の「手紙」を読み終えまして。
なかなか重い作品じゃないの、と。
心理描写とかは緻密な印象を受けまして。

では主題はなんだろうか、と。

つながり、絆、犯罪は悪…
色々あるのだろうけど、それを主題にするならば、他の内容でも書けたはずで。

おそらく、この2つが主題なんだと思うわけで。
1つは「無意識のうちの差別」を可視化することであり、もう1つはそれに実際にさらされた場合どうするかを読者に問うているわけで。
2つはとても密接に絡み合っています。
だからこそ、読めば読むほど両方になにか重いものが乗っかかってくるような感覚に陥るわけで。

前者は"Imagine"の世界の否定から始まります。
絵空事ではなく、現実を見ることを求める。
あまりにも現実主義的な部分は否めない。
それは世間体でもあり。

でも。
同時に適用範囲の狭さが気にもなり。
「犯罪者」の場合ならば通用するかもしれぬ。
不祥事をおこした企業や学校なんかも通用するかもしれない。
なぜか?
それは責任の所在が明らかだから。
レッテルが貼れるからね。
最初の例ともちょっと咬む部分はあって。

じゃあ、明確でないのはどうか?
例えば病人・障害者・そして在日なんかもそうかもしれない。
彼らにもその論理を当てはめて排除するのか?
いや、できるのか?
でも、現実にあったわけで。
ハンセン病の隔離政策とかさ。

頭ではそれがおかしいことはわかっている。
だけど、そういう現実がある(あった)。
そして、それにさらされる人間がまた、いる。
その構図を可視化させたんじゃないかな。

後者はあくまでも投げかけ。
小説のなかでかかれているのは、あくまでも1つの選択肢の提示であって。
解答ではない。
だから、それで感動はありえないはず。

自分がその立場だったらどうするかな。
きっと兄の存在を無視し続けるだろうな、うん。
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by rinnken1228 | 2007-03-17 16:09 | は○しケンイチ的こころ
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