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CSRについて考えてみた

みなさまこんばんみ。

どうも、ドアに鍵を指したまんま、家で寝ていたは○しけんいちでございます。
まぁね、家に押し入られてもですね。
何も取られるものなんてなくてですね。
だから、入っても得するものなんてないんだよ、泥棒さん。

・・・A○もたいしたもんないですからねぇ。


今日は市民社会論→社会心理学Ⅰ→現代労働組合論という流れ。
市民社会論、もうあれ授業じゃありません。
40分遅刻とか、ありえないでしょ。
普通、休講にするでしょ。
レジュメないし、何言ってるかわからないし。
内容は面白いんだけどなぁ。
教授がショボいんだわさ。

社会心理学・・・途中から記憶がございません。
スタンフォードの監獄実験から記憶がありません。

現代労働組合論、大の大人が理想論を語るところに何か同情を誘われます。
CSRについての考え方とか、そうだよね。
人権に配慮した雇用環境を整備させることで、CSRにつなげるて・・・
馬鹿か。

企業って、そもそもが社会に対して貢献するためにできた集団なんだと思う。
なぜ、それが営利を追求するための集団へと存在意義が摩り替わっていったのか。
いつから、摩り替わっていったのか。

そんなパラダイムシフトが起きたからこそ、今、CSRなんてのが声高に叫ばれているわけで。
パソコンを作る会社だって、貿易をする会社だって、はたまた土地を扱う会社だって、そもそもは金を稼ぐためではなく、社会的ニーズがあるからこそ設立されたわけで。
そして・・・今も存在しているわけで。

だから。
CSRっておかしくないか?って思うわけです。
いや、ちょっとニュアンスが違うか。
むしろ、CSRなんてのをしなきゃいけない状況というのがおかしいわけです。
やってて、当然なんじゃないのか?

つまりは、今さらになって企業が社会的な責任を果さなきゃいけないってコトは・・・
今まで、社会的な責任を果していないってことの逆説的に証明をしている、ってことでもあり。

ケネス・アローの合理的選択論じゃないけれど、何かをすれば、そこには負の何かが起こる。
光あるところ、影があるのと同じように・・・
化学製品を作れば、排気ガスが出るように。

じゃあ、その影の部分を減らす努力を企業はすべきなんじゃないのか?
排気ガスを減らすような努力を。
それは、社会がそのような風潮になったからやるのではなく、あくまでも自発的に。
それこそが、本当のCSR(いわゆる)だと思う。
屋上緑化にいそしむんじゃなくて。
なんだか、根本が見えてない、っていうか、それこそ”嗚呼、カンチガイ”的な状況にしか思えないのですよ、僕には。


人権についての考え方も、結局は同じだよ。
それは、CSRと銘打ってやるものではないはずで。
当然のことなはずで。

当然のことを当然にすることが、本当のCSRなんだと思う。
そしてそれは、大々的に宣伝することではないことなんだと思う。
それを大々的に宣伝するってコトは・・・
その裏には何かが隠されているはずで・・・

そこには何が隠されている?
ライオンか、死骸か、それとも・・・ブラックホールか。
それとも・・・
何もないのか?


そう考える僕は間違ってるんですかね。



明日は早いんだよな~。
起きれるかな。
白子に無事、つけるかな・・・
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by rinnken1228 | 2007-05-11 23:58 | は○しケンイチ的こころ
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