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死刑を考える

台風中継って、なんで危険なところから中継するのでしょうか?
謎です。
観ているほうが怖いです。

日本にいない間、いろいろ変わったなー、などと思ってしまいます。
たった5日間だけにもかかわらず。
情報に触れないって、恐ろしいことだなぁと実感。
もちろん、自分にとってですが。


突然ではありますが。
最近、死刑制度についてよく考えます。
んー。
正確にいうなれば、それについての議論そのものをみて、「なんだかなぁ」とか思っております。
ちなみに、僕は現在の死刑制度には反対です。
でも、冤罪の可能性があるだとか、被告の人権云々ってことから、ではなくて。

死刑が犯罪抑止に効果があるんだとかないんだとか、
はたまた被告の人権がどうだとかそうしたら被害者はどうなんだとか、
そんなことは水掛け論にしかならないと思う。
そんなことばかり言っていても、議論が平行線をたどることは、目に見えているはずで。


じゃあ、なんで自分はこれに反対なのか。
死刑を実行する人間が考慮に入っていないから。
議論の中では、これについての議論はほとんど隅に追いやられているわけで。
死刑を決定する人間と、それを実行する人間はまったく違う。
執行人は、死刑囚と、はたまたその事件そのものともまったく関係がないわけで。
そんな人々が、薬物を注射するなり電気ショックのボタンを押さねばならない。
それほど非合理なことがあるだろうか?

被害者の家族なり、関係した人が死刑を執行するのであれば、話は別だと思う。
判決を下した裁判官なり、ゴーサインを出した法務大臣なりが執行するならば、まだわかる。
だけど、実際はそうではない。
現実に死刑を執行するための人がいる。
その人たちのことは、議論のなかで意識されているのだろうか?
ほとんど意識されていないように思えてならないのです。


非人間的行為をした人間には、それと同等の処罰を下してもよいって考えは、
裏を返せば
その人間に対して非人間的行為を下す人間がいなければならない
ってことと表裏一体なわけですよ。
その役が回ってきても、あなたはできますか?
多くの人が嫌がるでしょうね、そんな仕事は。
だけどこの制度がある以上、そういう役回りの人はいなきゃいけない。当然ながら。

短絡的かもしれないけれど、
公開されずに死刑が執行されることにもしかしたら問題があるのかもしれません。
某北朝鮮みたいに、公開処刑にしちゃえばいい。
某フセイン元大統領みたいに、世界中にその様子を発信しちゃえばいい。
日本でも同様のことをしているわけだから。
われわれに、彼らのことを「非道だ」とかいう資格は、まったくない。
むしろ彼らのほうが自然だと思う。

人知れず執行しようとするから、議論がおかしくなる。
だったら市中引き回しの上磔獄門とかしたほうがいいと思うんだけどな。
まー、
視姦されて濡れるタイプ
には最高のシチュエーションなんじゃないですかね。


橋下弁護士の言い分を聞いてて、なんだかなぁと考えてしまいますた。
これから国立に帰ります。
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by rinnken1228 | 2007-09-07 16:43 | は○しケンイチ的こころ
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