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傍観者か、媒介者か

あーあ、内定先不祥事起こしました。
鉄鋼業界やばいですねー。
S金属以外、全部やってるじゃないですか。
これまでが好調だったから、仕方ない部分あるのかもしれませんが。
ただいま踊り場状態。
そろそろ落ち目・・・か!?!?
勘弁していただきたい。


ただいま付き合っている方から、最近やたら結婚とゆー言葉が飛び出します。
あのー、結婚なんて考えたことないんすけど、自分。
しょーじきなところ、だいぶめんどくさくなってきました。
とゆーか、ゼ○シィ読みすぎだろ。
なんとか止めてくれ、し○りんww!!

だからといって、付き合う経緯が経緯だっただけに、そうも簡単に別れることもできないわけで。
そろそろ、伝家の宝刀を抜こうかしら。


そういえば、秋葉原で例の事件があったとき、幸か不幸か、僕も秋葉原でした。
なんと、世界は狭い。
塾のヘルプに行き、人数足りたからと追い返され、駅に向かう途中に起きたようで。
ま、線路挟んで反対側で起きていたので、よく知りませんが。
いやー、ニアミスというか、なんというか。

別にこの事件がどーだとか、言う気はまったくない。
だって、犯行現場を実際に見ていたわけでもないし、犯人のことだって全然知らない。
派遣労働者であることと、この犯罪はまったく関係はないとも思う。
ただのマスコミの言説だろーな。
ましてや、宮崎勤の死刑について何か言おうって気もさらさらない。
なんだか政治ゲームに使われた感はあるし、いまの法務大臣の考える「正義」の定義については、いろいろ聞いてみたかったりはするけれど。
あ、あとはなんでそこまで死刑にこだわるのか、も。

ただ、なんだろうか。
「写真を撮る」という行為は、ああも残酷なものなのか、と感じてしまったのは事実。
僕は、いわゆる報道写真というのが嫌いで。
明らかに「中立」という名の傍観者に徹しているのが嫌いなんですよ。
写真とか映像とか、視覚に訴えるものは、当然インパクトも大きい。
それをひとつ流すだけで、世論をひっくり返すことができるかもしれない。
人1人の人生を狂わせることができるかもしれない。
それくらいの影響力があるのは事実。

だけど。
そのメディアが収め、流した「現場」って、一体何なんだろう。
事実を伝えるということは、伝える本人もその場にいなければならない。
だけど、伝えた(≒写真を撮った)本人は、その場で何をしたのか。
言い方は悪いかもしれないけれど、単なる傍観者に徹していたのではないか。
もっと悪く言えば、野次馬。
しかも、それなりに大義名分があるからもっとタチが悪い。
外部世界に対する媒介者となるためには、まずは傍観者とならなければならない。
けれど、事件が起こっている現場で、傍観者であり続けることは、倫理的に許されるのか。
そして、ファインダー越しの世界を覗くことができるのは、傍観者の特権である。


それはメディアの抱えるジレンマだとは思う。
けれど、彼らがそのジレンマに悩み、戦っているとは、あまり思えない。
報道を見ている限りだと。
むしろ、媒介者であり続けるために、傍観者でいようとしているように思えてしまう。
そこに矛盾を感じて、新聞はあきらめたんですがね。


秋葉原での事件のときは、事件の様子を周りの通行人が携帯で写真を撮っていたことが問題になった、って聞いた。
いわゆるモラルの問題。
でも、そのモラルについては、そっくりそのまま、いわゆる「メディア」に返すことができるんじゃないか。

いまや一億総メディアと呼ばれる時代。
誰もがそういう選択肢を持っている、だからこそその2つの妥協点なりバランスのとり方なりを、必死に探さないといけないんじゃないのかな。


そんなことを考えた、金曜の昼。
何が言いたいかって、カメラが欲しいってことです。
しかも一眼レフの。
H谷、安く売ってくれ、ヨ○バシでww
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by rinnken1228 | 2008-06-20 12:26 | は○しケンイチ的こころ
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