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今日も暮れゆく 異国の丘に

先日、劇団四季の「異国の丘」を観てきました。
ゼミテンと3人で。

劇団四季のミュージカルを観るのは、これが初めて。
あまり演劇自体に興味がないほうですからね。
いや、誘われれば行くのだけれど。

そんな僕ですが。
舞台になんだか引力のようなものを感じてしまい、食い入るように見入ってしまいました。
ストーリーだけ聞くと、非常に眠気を催してしまうのですが。
それが浅利慶太マジックというべきか、それとも単に出演者が陣内孝則に似ていたからだけなのか。
そこはよくわかりませんが。

ちなみに僕自身は、演劇についての知識はほぼ皆無です。
上手と下手の区別もつきませんから。

さて。
歴史とは、個々の主観が入るものです。
その出来事に対して、どちらの側の視点に立つか。
それによって見えてくるものも、また感じ取るものも大きく変わってくる。
もちろんどちらの側に立つか、というのは、その人のバックヤードに関わってくるわけだけど。

だからそのような歴史を題材としたミュージカルを創ること自体、勇気の要ることだったのかもしれません。
先の戦争のようなものは、特に。

歴史認識とは、ある種価値観のようなものでしょうから、そこから発せられるメッセージを批判する気もないし、そんな行為自体がナンセンスだと思います。
だけど、過去、そのような事実があったのだ、ということを知り、そして目を向け、自分なりの解釈をせねばなりません。
このような歴史の上に、いまの自分がいるわけですから。

その出来事そのものを、批判しようが賞賛しようが、それは個々人の自由だと思います。
価値観の問題ですから。
だけど、その当事者までもを批判はすれど、侮り、蔑むことは妥当かどうか。
それは、同時代に生きた人々そのものを否定することにもなりかねない。
それはぜったいにすべきではないこと。
その人々がやったこと、そしてその結果がどうであれ、敬意を示さねばなりません。
良かれ悪かれ、現代への礎を築いてきたわけですから。


話がそれました。

浅利慶太は、「語り継ぐ日本の歴史」のなかで先の戦争に対する評価を述べています。

この時期の日本には、こうした場合重要な役割を果たすべき、「政治」が不在だった。リーダー達は「視界狭窄」に陥り、それまでの「行きがかり」を捨てきれず、結果多くの国民を破滅と死の淵に突き落とした。世論を戦争にかき立てたジャーナリズムの責任も極めて重大である。この時期、悲劇に向かう事態の推移を、体を張って止めようとした人はいなかったのか。少なくとも斉藤隆夫以外、記録には現れていない。

石橋湛山は違うのか、という突っ込みはありますが、それはともかく。
なるほど、と思います。
だけど、この文章からのみ判断する限り、浅利の感覚自体、支配者と被支配者という二項対立の中で、被支配者側のみにウェイトを絞った見方しかできていないように感じます。
要は、被支配者側に責任はないのか、ということ。
ジャーナリズムを含め、世論を誘導する力を持つ主体に、ただ単に惑わされていただけなのか。騙されていただけなのか。
支配者側にも選択する能力がある反面、被支配者側にも(程度の差こそあれ、)選択する能力もあったはず。
なぜ、そこに焦点を当てないのか。

先ほども書きましたが、歴史観であり、歴史認識は十人十色のものなので、それ以上のことは何も言えませんが、どちらか一方に善なり悪なりのレッテルを貼り付ける、という評価方法は、歴史を評価するうえではもう時代遅れの方法だと思います。
どちらにも責任がある、そう思う。

終結から六十年を経た今、戦争の深い傷が、日本の社会から忘れ去られようとしていることである。(中略)戦争を、左側は「侵略」として東京裁判史観に基づき、全てを悪と片付ける。右側は「止むに止まれぬ歴史の流れ」と発想する。しかし問題は、愚かさと狂気に捉えられたその「戦争の実相」である。多くの人は「戦争」を遠い過去のものと考えている。本当にそうなのか。
(中略)
哀悼と挽歌は、我々の手で奏でなければならない。


愚かさと狂気と評価することについてはともかくとして、忘却の彼方へと向かっていくこの事実を、どうすれば忘れ去られることがないようにできるか。
食い止めねばなりません。
それは、日本人として、しいては地球人としての責務なのかもしれません。


それにしても・・・
グローバル化が叫ばれれば叫ばれるほど、ローカルなものが脚光をあびるのだろう・・・?
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by rinnken1228 | 2008-07-09 14:05 | は○しケンイチ的こころ
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