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祭りのあと

一橋祭が終わりました。
これで、学生として学園祭に関わるのは、最後です。
思い切りというわけでもないけれど、最後なのでそれなりに楽しませてもらいました。

5年生で集まって、じゃがバタの模擬店出したり。
むしろ、某軟式野球サークル名義という(←入ってない
「チャラい」の代名詞的サークル(←12クラ的に

とりあえず、ぐだぐだ。
芯残ってるだろ、みたいな。
鍋ひとつでやってたから、効率悪杉だろ、みたいな。
それ以上に、衛生的にどーなんだ?みたいな。

毒入りギョーザやら、殺虫剤入りカップ麺やら、食品衛生がどーのこーのと言われている割に、なぜ大学の模擬店という不衛生極まりないものが売れるのか、と。
これで卒論書こうか、と。
もう、完全に現実逃避。

ま、売り上げの多くは酒、ですがね。
だいぶ自己消費してましたが。
焼酎と缶ビールが大分はいった状態で、シフトに入ったときはどうなるかと思いましたが。
いや、どうにかなったと思いたい。
てか、たぶんなったべ。
その点については、コメントは控えさせていただきますが。

でもやっぱり、プロ研の興行を観て盛り上がれるのは、一橋生の特権なんだなー、って改めて思いました。
インチキ万歳なのに、しょーもないものなのに、なんだか盛り上がってしまうとゆーか。
幸せです。
そして、祭の作り手側にはもう戻れないんだな、と。
しみじみ、思ふのでござい。



ここ数日、自己批判の毎日です。
現在の仕事柄、高校生を教えることが多いのですがね。

そもそも勉強を教える必要があるのか。
大学の面白さを伝える必要があるのか。
「伝えて」いる時点で、自分の中である種のフレーミングがなされているんじゃないのか。
要は、なぜ、相手を常に受け身にさせてしまうのだろうか。
その必要は、本当にあるのかどうか。

そもそも大学生活ってものは、「面白い」ものなのか。
面白いものである必要は、どこにあるのか。
単なる金持ちの道楽(言い方悪いが)じゃないのか。
「面白い」と思わせること自体、それは単なるイメージであって、虚像なんじゃないのか。

そもそも、自分は大学生活を楽しめているのか。
自分の送っている大学生活というものは、魅力的なものなのか。
ただ単に、自堕落な生活にすぎないのではないか。
大学に入って、自分は変わったのか。
表面的な部分ではなく、本質的な部分で。
もしも変わっていないとするならば、自分は大学に行った意味があったのか。

そもそも、自分に大学を語る資格があるのか。
こんなことで悩んでいる時点で。

とりあえず、社会に出たいです。
大学卒業してみないと、こんな疑問は解けないでしょうから。
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by rinnken1228 | 2008-11-05 02:57 | は○しケンイチ的日常
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