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「批判」し続けること

今朝、電車の中でのできごとでした。

反対側の席に座ってた女の子(4~5歳くらい)が、
ずっとM字開脚してました。
なぜだか妙に、動揺してしまいました。

今度は帰りの電車の中でのできごとでした。

丸首Tシャツの首の部分をなぜかずーっと引っ張っていてはだけさせているおねーさまが僕の前に立っていました。
ベージュだったし色気も感じなかったし、体型もおむすびころりんみたいだったので、別に気にもとめずに本を読んでいたのですが。
降りぎわに一言。
「どこ見てんのよ」



出た、青木さやか。

そのあと、ひじょーに居心地が悪かったのは、言うまでもなく。


こんなよくないことが続く日は、こんなことも起こるんですね。
筑紫哲也さんが亡くなりましたね。
あまり人を尊敬しないタイプの人間ですが、この人はすげーな、って思える人だったと思います。
個人的には。

思い出せば、この人に影響されて、新聞記者に憧れたんだっけ。
そーして今の大学を目指したんだっけか。
だけど、入ってから、あえてそれでいいのかと考え直して。
そうしたら、新聞というか、ジャーナリズムの世界に疑問だけを抱くようになって。
んで、結局メーカーに落ち着いて。
でも記念にと、筑紫さんと同じ新聞社を受けて。
記者職で内定はもらったけど、結局最後まで自分の中で答えが出なくて、行かなかったんだっけなー、って。
伝えることで何が変わるのか。
批判することで、何かが進むのか。
その答えは、出せなかったな。
もとから答えなんて、ないんだろうけど。

なんというか、「批判する」ジャーナリズムというものを、浸透させた第一人者のように思います。
良くも、悪くも。
でも、ただ単純に闇雲に批判するんじゃなくて、認めるものは認めて、ある根拠をもとに、批判しているように感じた。
しかも、理路整然と。
そこが、古○いちろうとか、み○もんたなんかとは違うところだったと思う。
多事争論は、本当にすげーなって、昔は思っていました。

思想的なスタンスは、あまり共感できない部分の方が多かったけれど、ひとつの報道のあり方を見せてもらえたような気がします。
体を張って。
信念を持って。
ジャーナリズムの面白さを感じさせてもらえました。

でも結局、彼らが実際に何を生み出しているのかが解らなかったんだよな。
批判の先に何があるのか。
筑紫さんは答えが出ていたのでしょうか。
だとするならば、聞いてみたい。
もうできないけれど。

こういうの書くと、やっぱり新聞志望だったんだなー、って思うんだなぁ。
まぁ、もう後の祭りです。

兎に角、ご冥福をお祈りします。
合掌。
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by rinnken1228 | 2008-11-08 02:00 | は○しケンイチ的こころ
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