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僕は、昔のことは考えない。問題は、ただ永遠の現在なんだ。

別にどんな格好してようがいいと思うけどね。
神奈川の高校の件です。
服装なんて、オナニー以外の何者でもないわけだから、それ自体が個人主義の最たるものだと思いますがね。
奇抜な格好をしてようが、当たり障りのない格好をしてようが、それは個々の好みの問題。
それを常識って言葉で縛ろうとしている行為自体、規律権力以外の何者でもないと思ってますが。
それを解ってやっているのか、それとも解っていないのか。
解っているならば、確信犯だと思いますがね。

そもそも常識なんてのは、誰が設定するのか。
おそらく、選ぶ側の常識なんだろね。
ということは、多分に恣意性が含まれてくる。
(推定)Dカップ以上じゃなきゃいかんとか、下着は上下紫じゃなきゃいかん(あくまでも推測の世界)だとか。

いくら飽食の時代だからとはいえ、それに該当するJCがどれだけいるかは知りませんが。
そして、紫の下着って、着るのか?っていうそれこそ常識的な疑問はありますがwwww

とりあえず、試験なんてものは客観性が求められるわけだから、恣意的な条項はなるべく排除しなきゃいかんはず。
それを入れたって時点で、あの校長は糾弾されて然るべきだと思いますがね。

そもそも論ではありますが、全ての子供と向き合おうとしないというか、大局的な視点に立てないという時点で、教育者としてどーなんだ、って思いますがね。
個人的な意見ですが、同じ人間とは思わないだろうね。
ま、人間じゃないからいいかとは思いますが。


話変わって、前回のつづき。


↑↑Love Train 44193系

なんなんだ、この神がかり的な違和感のなさは・・・wwwwww
とりあえず、笑いとは別の意味で、心を打たれますwwwwww


タイトルは、S.Maugham「月と六ペンス」での一幕から。
これは、未来などなく、刹那が永遠に続くと解釈するのが正しいのか。
それとも、単純に未来の存在を捨象しているだけなのか。
それ以外にも解釈は可能でしょうが、とりあえず、過去との訣別という点では、同じでしょう。

だけど、そんなことが実際問題できるのか。
人間というものは、歴史というものの上に成り立っている。
過去の自分との対比の上に、現在の自分がいるような気がする。
このセリフを吐いたストリックランドも、そのような思想を持つきっかけは、過去の自分にあるはず。
なのに、なぜ過去にあえてスポットライトを当てようとしないのか。
謎です。
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by rinnken1228 | 2008-12-05 11:13 | は○しケンイチ的こころ
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