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ああでもなく、こうでもなく④

まる1日、卒論に触れないという荒業をこなしたワタクシ。
作業がひと段落して、燃え尽き症候群になったようですwwww
ずいぶんと早いですが。

・・・もう1年ですか?
いません。


久々に、ああでもなく、こうでもなくを繰り返してみようかと。

①同情するなら金をくれ
朝とか夜のニュース番組を観て思うこと。
生活に困っている人への取材をよく観る気がするけれど。
今日1日を過ごすことさえもままならないとか言って、ほっとけないとか言ってるけれど。
だったら、あんたが助けてあげたらいいんじゃないですかね?
ほっとけないなら。

②社会を動かすためには・・・
本当に現状に変革をもたらしたいのであれば、社会的な地位を持つ人間は、改革の火蓋を切ることをしてはならないと思う。
むしろ、改革の火種をくすぶらせ続けることにこそ、彼らの意義があると思う。
なぜなら、民衆こそが、社会を変えるパワーを秘めている存在だから。

③怒れ!とりあえず、誰にでも
今の世の中、誰にでも怒っておけばいい世の中らしい。
公然と批判することはおろか、公衆の面前で罵倒することさえも許される世の中のようである。
怒りという感情に任せてしまえば。
しかし、結局それは批判された側と同じ土俵に立っているだけの、ただの道化である。
そもそも正義と怒りとは、まったくもって異なるものである。

④メディアの持つ両義性
メディアに対する批判の反論では、毎度のように「報道の自由」が持ち出される。
その論理には、メディアの持つ公共性・公益性という前提が隠れていると解釈できる。
一方で、メディアも一企業である以上、利益を出すことは至上命題である。
けれど、その点についての言及はこれまで聞いたことがない。
メディアも営利団体であるという認識に立って、「報道の自由」という権利を叫ぶべきである。
そして、権利を主張するからには、それ相応の義務と責任を果たすべきだとも、思う。

⑤報道の持つ、三角関係的なもの
伝える人間、伝えられた人間、情報をもらった人間・・・
どこに力点を置いた報道がベストなのか。
もっと考えた方がいいと思う。



やっぱり、新聞行きたかったのかなぁ・・・
いまさらながら、後悔wwww
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by rinnken1228 | 2008-12-06 11:44 | は○しケンイチ的こころ
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