カテゴリ:は○しケンイチ的こころ( 160 )

社会的な関係からものをとらえる

みなさまこんばんみ。

♪愛してるー 愛してるー♪

先日、大音量でKAT-TUNの新曲をかけていたらですね・・・
翌朝、大家さんとこの息子(推定小学3年生)に
「お兄ちゃん、K○T-TUN好きなの?」
と聞かれてしまった、どうもは○しケンイチでございます。

別に、好きでもなければ、嫌いでもないですよ。
K梨だろーが、A西だろーが、別にどーでもいいっす。
KAT-TUNで一番いいのは、
中丸君だろ
と思う今日この頃であります。

T中氏は、Vシネに出たほうが、活躍の場を広げられると思ふ。


と。
いい加減長い前置きはそこまでにしておきたいものでして。
とりあえず、近況報告をば。
月曜日、外来でした。
1ヶ月ぶりの。

幸いなことに、尿検査の結果も異常なし。
血液検査の結果はまだわかりませんが、おそらく大丈夫でしょう。
血糖値が高くないことだけ、祈ります。

髪のことも相談しました。
薬が原因だとするならば、考えられる薬は次の3つ。
・プレドニン
・アクトネル(骨粗しょう症の予防薬)
・ラデン(胃薬)

下の2つは、プレドニンの副作用を和らげるための薬なんですよね~。
さすがにプレドニンを停止するわけにはいかんので、アクトネルとラデンを停止することになりまして。
あと1週間くらいは、髪が抜けるみたいです。
もう少しの辛抱でしょうか。

ちなみに、薬のサイトを見ればわかるのですが、脱毛ってなぜか、
軽い副作用
の分類に入ってるんですよね。
だいぶ重いと思うんですけど?
とゆーか、精神的ダメージがでかすぎだろ。
ちなみに、「うつ」とかも軽い副作用に入っています。
基準が・・・わからね。

そんな今日この頃でございまして。


そういえば。
長岡で起きたあの事件、産んだ女子高生が逮捕されたらしく。
まー、当然といえば当然だと思う。
いちお、人ひとり殺めているわけだから。
多分出るんだろうなー、とか思っていたら、面白いくらいに出てきました。
・性教育を如何しろ
だの、
・いまの若者はなっとらん
だの。

ごもっとも。
ですが。
もちろん、そーゆー考え方そのものにも、なんだかなぁ、と思う節は多々ありますが。

指摘が表面的だからねぇ。

そんなことばかり言っていたって、何も変わりやしないわけで。
単なる、古きよき時代へのノスタルジーでしかない。

「なぜ起きたのか→そうならないようにするにはどうすればいいのか?」
ということをじっくりと調べないと、先に進めない気がする。
いや、何も変わらないような気がする。
事件に対して感想を述べることは誰だってできますからねぇ。

個々のケースから一般化を試みることは非常に難しいこと。
社会学(といわれる学問)の中でも、個別具体的なケースから一般論を導き出すのは、非常に難しい。
ある意味、社会学の限界、ともいえなくも、ない。
まぁ、実際そうじゃない、って意見もあるんだけどね。

「個々のケースをみただけで、何がわかるんだ」
そんな意見がある。
もちろん、ごもっとも。

だがね。
それら、個々のケースも
社会的な関係性の中で起こっている
ことを忘れちゃいかん、と。

社会的な関係は、常に相互補完的であることを忘れちゃならない。
だからこそ、個別のケースをじっくりと追っていくことが必要になる。
エスノグラフィが活きてくる。

だからこそ、それらの行動を分析する中で、なにかの萌芽を見つけることができるかもしれない。
そして、それを摘み取ることができるかもしれない。
だからこそ、じっくりと調べねばならないような気がする。
見田宗介の「まなざしの地獄」のように。
N・Nです。
永山則夫です。


久々に語ってしまいまして。
そんなこと、書くつもりなかったんですがねぇ。
まぁ、いいや。

エキサイト、やばいね。
大丈夫かな。

これから、レジュメ作ります~。
ゼミの皆様、できなかったらごめんなさい。(はぁと
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by rinnken1228 | 2007-06-13 23:07 | は○しケンイチ的こころ

精神病患者は本当に凶悪か

みなさまこんにちは。

先ほどバイトから帰ってまいりました。
なんだかねー。
どうも仕込みに時間がかかるのは、慣れていないからではなくて
もはやセンスの問題
なのではないか、と思ってしまう自分がいます。
うん、たぶん飲食店には向いてないんだよ、きっと。
そう思わないとやってられないくらい、時間がかかりました。

内心キレてるんだろうけれど、根気強く使ってくれる店長には頭が下がります。
本当に申し訳ないです。
いやー、いかん、いかん、いかん・・・orz...

仕方ないので、そこらへんは
ヤル気、元気、井脇
でカバーするしかなさそうで。

そーいえば、あのオバチャン、めっきり見なくなったなぁ。
生きてるのかな、まだ。


ところで。
最近エログ度が激しいよね
という、クレームだかツッコミだか判別しがたいお言葉をよくいただきまして。
おそらく、それを読んで喜んでいる方々が多いのでしょうから、少なくともクレームではないのでしょう。
これを読んで、
神秘の泉が思わぬ大洪水
を起こしたとしても、それは僕の責任ではありません。
自己責任です。
イラクかよ。

しかしね。
あのお○べから突っ込まれた時にはどうしようかと思いましたよ。
お○べさん、あなただけには言われたくなかった。(笑
いい加減、ヨリ戻しちゃえよ。

そんなお○べが、今夜僕を拉致するそうです。
車で連れ去るそうです。
久々です、地獄の暴走軽自動車を体感するのは、倒置法。
さぁて、今夜はどこに行くんでしょうか。
お願いだから、奥多摩は遠慮していただきたい。



そんなわけで。
エログ、エログといわれるのも癪に障るので、たまにはマジメなことも書いてみようかと。
ま、そもそもこのブログは、自分の思ったことをそのままツラツラと書き連ねていくものですからね。
ビバ☆その場しのぎ
Viva☆刹那主義

で、話を戻しまして。
皆さんは、精神病ってそんなに特異なものだと思いますか?
精神を病むって、他の病気とは違うのでしょうか?
社会にとってはそう診断されたとたん、「異質なもの」となるのでしょうか?

僕にはそれがわからないのです。
なぜなら、自分がそういう病気にかかったことがあるから。
無駄な心配をかけたくないので、親にも言ってませんが。

ま、軽度のうつ病でしたから、これといったこともせずに治りましたがね。
でも、半年くらい病院には通いました。
途中から行かなくなった、というのが正しいのでしょうが。

で、だ。
最近、精神疾患だとか精神科への通院歴、といったワードをよく耳にします。
まぁ、刑事事件において被告人の精神鑑定を弁護人が請求するのはなんとなくわかる。
なぜなら、弁護士は被告の刑を軽くすること、もしくは無罪にすることが仕事だから。
精神鑑定でなんらかの精神の異常が認められ、それで刑が軽くなるのであれば、弁護士はその手を使うのは何ら間違っていることではないわけで。
それならば、なんとか納得はできるでしょう。


ところがどっこい。
精神科への通院歴、というのは、何度考えても納得がいかんのですよ。
なぜにいちいちそれを伝える必要があるのか、と。

会津若松では、高校生が自分の母親を殺したらしい。
横浜駅では若い女性が子供を刺したそうだ。

どうやら、どちらも精神科への通院歴だか入院暦があるらしい。
ことさら、そこの部分が強調されていたように感じたのは、僕だけではないはずで。

本当に精神病院に通っていた人間だから、このような犯罪を犯したのでしょうか?
もちろん、関係がないとは言い切れないし、言うつもりもない。
しかし、それ以上にもっと大きなファクターがあったはずです。

因果関係モデルに当てはめて考えてみたらわかりやすいと思う。
Aという因果要因があったから、Bという行動をおこした。
つまり、Bとは「母親を殺害する」、「子供を刺す」といった行動だわな。
じゃあ、Aはなんだったのか?
本当にA=「精神病院へ通う/通っていたこと」なのか?
どうもそこに行き着くには論理の飛躍があるように思えてならないわけで。

お台場にある某民放テレビ局の解説員なぞは、以前とんでもないことをのたわっていました。
「精神病患者を管理する方策が必要だ」
と。(byM輪解説員

おいおいオジチャン、正気ですか?
と、問いたい。
ということは、僕も管理される、ってことなんですかね?
ふつーの大学生やってますが。
善良な市民、やってますが、何か?
なんだかおかしいだろ。

やだねぇ、ホテルとかに泊まろうと思ったら、
「あなたは精神科へ通っていた過去があるので宿泊できません」
とか言われたら。
人権のへったくれもあったもんじゃない。
それを承知で言ってるんですかね、あのおじさんは。

そもそも、精神を病んでいたから凶悪犯罪を犯す、という論理そのものが怪しすぎる。
精神病を患う、患っていないに関わらず、犯罪自体が異常行動だろう。
そもそも犯罪者の中に精神科へ通っていた人間の割合はどれくらいあるのか?
そのデータを提示した人間がどれくらいいる?
凶悪犯罪を起こすのがそういう人間だっていうのじゃなくて、
耳にする機会が多いのが、そういう事件だ
ってことでしょ?

そういう報道がなされるウラには、社会心理学でいう「自己正当化」の論理があるように思えるわけで。
「精神病患者が凶悪犯罪を犯すのよ(だから普通の私たちはしない)」
              ↓
「精神病患者って危険よね(だから私たちは危険じゃないの)」

この論理、それこそ危険じゃないだろうか?
冷静に考えれば、こんなの単なるフレーミングのひとつに他ならないのだけれど、妙にしっくりきてしまう。
要するに、「私たち」が危険ではないことを証明するために、正当化しているだけなわけですよ。
それが意識的なものなのか、深層心理で起こっていることなのかは知らないけれど。

「普通」の定義についての話もできるけれど、ここでは置いておいて。
そう考えると、このような報道はとても一方通行なものに感じます。
自己を正当化すると、他者を否定することになる。
否定される他者は、大概「社会的弱者」だ。

これ、関東大震災の時の「朝鮮人虐殺事件」に似てるよね。
それをもう一度起こしたいのかね、彼らは。

伝える側ももちろんだけど、伝えられる側もそこをしっかりと意識しなければならない。
そして、正当化したことを伝えるとどうなるのか。
その影響もしっかりと見なければいけないんでしょうなぁ・・・


あ~、長くなっちまった。
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by rinnken1228 | 2007-05-26 14:32 | は○しケンイチ的こころ

Nさんとの関係についての回答

みなさまこんばんは。
たびたび連投、失礼いたします。

国立に戻ってすぐ、髪を切りました。
といっても、長さはほとんど変わりませんが。
もう、ラインを入れたり、モヒカンにするような余裕も自信もなくてですね。

長い髪を短く切った時、「もう若くないさ」とばんばひろふみは言い訳したそうですが、
僕もまた似たような心境でございまして。
では、僕は誰に言い訳すればいいのでしょうか?
Nさんでしょうか?
そうかもね。

つーか。
ツキアッテネーヨ。
連絡先シラネーヨ。

・・・角野卓三ジャネーヨ。

Nさん、お願いだから合コン開いてください。
明日病院行きますんで。


ところで。
先日、ゼミで飲んだという話は書きましたが。
その時ですね。
一部の方々から鋭いツッコミをいただきまして。

ひとつは、
「は○しケンイチは本当に変態なのか?」
ということであり。
もうひとつは、
「は○しケンイチにとって、Nさんとはどういった存在なのか?」
ということであり。


前者のほうは、全会一致で「変態じゃない」という結論に至ったわけですが。

間違っても
看護婦さんから下着の色を聞きだすようなスキル
なんて持ってやいませんからね。
ヒロミ兄さんじゃないんだから。

で。
後者のほうは議論が紛糾いたしまして。
僕の記憶によると。

当然のことながら、ネタじゃないといえばウソになるわけでして。
では、ネタかといえば、それもまたそうとも言い切れない。
一緒に寝たかどうかは必死に否定できますが、ネタであることは必死に否定はできないわけで。
まわりくどくなりましたが、簡潔に言いますとですね。
一緒に寝たことを否定するほどの必死さで否定することのできない絶妙なネタさ加減の存在なのです。
僕にとってのNさんは。

すると、各方面から批判の矢面に立たされまして。
医療関係者の方々からは、
「看護師をナメてるのか?」と糾弾されそうですし、
女性保護団体からは、
「男の風上にもおけない」などと福島○ずほあたりから辛らつなコメントをいただくのでしょう。

(別に、風下でもえーよ)

身近なところでは、ゼミの女性陣から
「どうしようもない子」という痛々しい視線
を投げかけられるわけです。
僕の記憶が確かならば、鹿賀武史。


そうなるとですね。
僕自身、男としての説明責任を果さねばならなくなるわけですよ。

だからですね。
僕とNさんの関係はですね。
いうなれば、
「めぞん一刻」の音無さんと浪人生的な関係
なわけです。


はいはい、おあとがよろしいようで。
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by rinnken1228 | 2007-05-13 23:44 | は○しケンイチ的こころ

CSRについて考えてみた

みなさまこんばんみ。

どうも、ドアに鍵を指したまんま、家で寝ていたは○しけんいちでございます。
まぁね、家に押し入られてもですね。
何も取られるものなんてなくてですね。
だから、入っても得するものなんてないんだよ、泥棒さん。

・・・A○もたいしたもんないですからねぇ。


今日は市民社会論→社会心理学Ⅰ→現代労働組合論という流れ。
市民社会論、もうあれ授業じゃありません。
40分遅刻とか、ありえないでしょ。
普通、休講にするでしょ。
レジュメないし、何言ってるかわからないし。
内容は面白いんだけどなぁ。
教授がショボいんだわさ。

社会心理学・・・途中から記憶がございません。
スタンフォードの監獄実験から記憶がありません。

現代労働組合論、大の大人が理想論を語るところに何か同情を誘われます。
CSRについての考え方とか、そうだよね。
人権に配慮した雇用環境を整備させることで、CSRにつなげるて・・・
馬鹿か。

企業って、そもそもが社会に対して貢献するためにできた集団なんだと思う。
なぜ、それが営利を追求するための集団へと存在意義が摩り替わっていったのか。
いつから、摩り替わっていったのか。

そんなパラダイムシフトが起きたからこそ、今、CSRなんてのが声高に叫ばれているわけで。
パソコンを作る会社だって、貿易をする会社だって、はたまた土地を扱う会社だって、そもそもは金を稼ぐためではなく、社会的ニーズがあるからこそ設立されたわけで。
そして・・・今も存在しているわけで。

だから。
CSRっておかしくないか?って思うわけです。
いや、ちょっとニュアンスが違うか。
むしろ、CSRなんてのをしなきゃいけない状況というのがおかしいわけです。
やってて、当然なんじゃないのか?

つまりは、今さらになって企業が社会的な責任を果さなきゃいけないってコトは・・・
今まで、社会的な責任を果していないってことの逆説的に証明をしている、ってことでもあり。

ケネス・アローの合理的選択論じゃないけれど、何かをすれば、そこには負の何かが起こる。
光あるところ、影があるのと同じように・・・
化学製品を作れば、排気ガスが出るように。

じゃあ、その影の部分を減らす努力を企業はすべきなんじゃないのか?
排気ガスを減らすような努力を。
それは、社会がそのような風潮になったからやるのではなく、あくまでも自発的に。
それこそが、本当のCSR(いわゆる)だと思う。
屋上緑化にいそしむんじゃなくて。
なんだか、根本が見えてない、っていうか、それこそ”嗚呼、カンチガイ”的な状況にしか思えないのですよ、僕には。


人権についての考え方も、結局は同じだよ。
それは、CSRと銘打ってやるものではないはずで。
当然のことなはずで。

当然のことを当然にすることが、本当のCSRなんだと思う。
そしてそれは、大々的に宣伝することではないことなんだと思う。
それを大々的に宣伝するってコトは・・・
その裏には何かが隠されているはずで・・・

そこには何が隠されている?
ライオンか、死骸か、それとも・・・ブラックホールか。
それとも・・・
何もないのか?


そう考える僕は間違ってるんですかね。



明日は早いんだよな~。
起きれるかな。
白子に無事、つけるかな・・・
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by rinnken1228 | 2007-05-11 23:58 | は○しケンイチ的こころ

健康社会学

おはようございます。

朝からちょっと頭が痛いです。
昨日、帰ってきたらそのまま寝てしまったからでしょうか。
昨日、ちょっと飲みすぎたのがいけなかったのでしょうか。
そんなに飲んだ気はしないんだけどなぁ・・・

今週は妙にハードな1週間です。
もちろん、体力的に。
ま、すべてがすべて、
ソフトボール大会がいけないんですけどね。

・・・楽しかったからいっか~。
太もものあたりがちょっと筋肉痛でキツイですw
やっぱり運動不足なんだな~。
妙に実感しておりまして。
仕方ないんですけどね。
これからはちょっと歩く量を増やしたりしようかと考えておりまする。


計算機概論のプログラミングが、全くわかりません。
というか、意味プーです。
ちょっと前に、よゆーよゆーとか言ってた自分を恨みます。
前言撤回で、よろしく。
正直、卒業かかってるんで、誰か助けて。
何でもするから。
何でも買ってあげるから。
体で献身的なご奉仕を提供しますから。

はいはい、ニーズがないですよね。
まったくもって、Javaを理解できていないので、本当に助けていただきたいものです。
つーか、授業ちゃんと聞いてないのがいけないのでしょうが。
はい、これからは授業中にmixiやりません。(←当然か


さて。
昨日、飲んだということは・・・
昨日はゼミだったわけです。
卒論の第1回報告会だったわけです。
別に今年卒業するわけじゃないんだけどさ、僕も報告することになりまして。
2年がかりの卒論準備。
いいんだか、悪いんだか・・・

僕を含め、健康社会学関係のテーマが2人いまして。
僕は病院について。
もう1人はフィットネスクラブについて。
どちらもなかなかおもしろいんじゃないですかね?

最近は、健康をお金で買う時代になってきているような気がする。
「健康」がある種のステータスなんだな。
看護婦とか、サラリーマンとか、学生とかと同じ。
ひとつの「記号」でしかない。

要は、健康が目的ではなくて手段に摩り替わってるんだなぁ。
そう思っちゃうんですけどね。
別に、そういうテーマの内容にする気はないですが、そう思ってしまった。

ん~、これからは健康社会学がアツいらしいですよ。
先生曰く。
というわけで、パイオニア目指しますー。
院行かないけどさ。

その前に・・・ゼミ論書かなきゃ。
あ~、気が重い・・・orz...


はい、では授業行ってきます~。
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by rinnken1228 | 2007-05-11 10:19 | は○しケンイチ的こころ

社会学とは何か?

みなさまこんにちは。

1食で米1合を食べると太るということに、今さらながら気付いた今日この頃であります。
いささか手遅れの感が御座いますが、今からでも遅くないと減量に取り組む所存であります。

つーか・・・
こんな体に誰がした?

・・・自分だよ・・・


昼過ぎから新宿に向かいます。
延ばし延ばしにしてきたフィールドワーク、再開します。
・・・天気悪いのにね。
GWは、もう今日しかありませんからね。

自分のフィールドワークはイチからのリ・スタート。
まずは、外観を写真に収めて、パッチワークみたいに繋げていこうかと思います。
そこで問題が発生したら、それはそれで考えようか、と。

嗚呼、なんとも素晴らしきこの場当たり的発想。

ついでに、久々にUniversal Languageにでも行こうかと。
買い物してないからね~。
金欠だから、何も買えないけどさ・・・


さて。
もう半年くらい前でしょうか。
とある読者さん(おそらく)から、メールを頂いたことがありまして。
このブログに自分のアドレスを晒した記憶などまったくないんですけどね。
なぜか身元が割れてたわけで。
それはそれで、空恐ろしい感じはあるのですが。
プライバシーとか個人情報とかに(同じか)、無頓着な方なので、そこまで気にはしてないですけどね。

その読者さん、どうやら今年が大学受験の年だそうな。
大学では社会学を勉強したいんだそうな。

で。

社会学って何を勉強するんですか?

と。

一見、本末転倒にも思えるこの質問。
意外と本質を突いていたりするわけで。
もう半年も前のことなので、どう答えたかはっきりとは覚えていませんが、
なんでもできる学問ですよ~
などと答えになっていない答えを返したような気がします。
まるで禅問答のようですが、そう思っていたのだから仕方ないわけで。


その時はそれ以上何も深く考えることもなかったのですが、今さらながら社会学ってなんだ?って考えるようになりました。

じゃあ。
社会学ってなんだ・・・?

Wikipediaでは、社会学はこのように説明されています。

社会学(しゃかいがく)とは、社会現象の実態や、現象の起こるメカニズムを解明するための学問である。社会的な文脈における、人間、及びその集団や、人と人との関係、さらには、より大規模な社会の構造を研究する学問ということができる。あるいは、思想史的に言えば、「同時代(史)を把握する認識・コンセプト」を作り出そうとする学問である。

要するに、社会で起こっている事象それぞれをターゲットに、分析・考察を深めていく、といったものでしょうか。
結果的に人間同士の相関やら社会構造なんかが研究対象となる、と解釈できるような気がします。

(※あくまでも、これは個人的な解釈に終始します※)

この、人間同士の相関と社会構造ってのがネックになってくるわけで。
人間の集合体として社会が成立する以上、そこで起きる全ての事象が社会学の研究対象となる。
ヘタをすれば、経済だって法律だって、はたまた経営であっても、社会学の研究領域になり得る。
僕の大学でも、法学部が社会学部から分離独立した歴史があることや、組織論が社会学部のゼミであることからもそれらは説明できると思います。

だからこそ、なんでも勉強できる学問、と答えたのです。
そしてその答え方が、間違っているとも思えないのが正直なところで。


しかし。
僕の中でもしっくりとこないのも事実。
自分自身、社会学という学問が理解できていないのです。

否。
落とし所が掴めていないのです。

社会学とは、いうなれば多様な学問と言えるでしょう。
なんでもある、なんでも研究できる・・・
まるでビックリ箱にでも手を突っ込むような学問です。
ごった煮みたいな学問かもしれません。
社会そのものが、ごった煮みたいなものですからね。

だから、社会学が扱う領域は広い。
ジェンダー、労働、人種、グローバリゼーション、組織論、市民運動、メディア、犯罪、医療、カルチュラル・スタディーズ・・・
僕のゼミの都市社会学だってそう。


ですが。
本当に多様なのでしょうか?
本当にビックリ箱なのでしょうか?
本当にごった煮なのでしょうか?

以前、ゼミでの議論で、「多様性」が話題になったことがあります。
「多様性」という箱の蓋を外したら、何が出てくるんだろう?
その中は本当にカオスなのか?
何本もの紐が、ゴチャゴチャに絡み合っている世界なのか。

それもひとつの解釈かもしれません。
でも、違うように思えてきてならないのです、最近は。(←当地方を使ってみた

蓋を外してみたら、
実はなにもなかったんじゃないか?
って思えてならないのです。

秩序だっているわけでもない、何もない、「無」の世界。
それなんじゃないか、って。


ただ単に、社会での事象に対して、僕たちが勝手に名前をつけて、そしてまた勝手に評価している。
それだけのことではないか、と・・・
何もない世界にもっともらしく何かを肉付けしていく・・・

よく解釈すれば、
「今まで見えなかったものに名前をつけることで可視化させる」
と言えるでしょう。

ですが。
果たしてそうか。

見えないならば、見えなくていいじゃないか。
と思うことは間違っているのでしょうか?
しかし、「可視化させること」こそが社会学の本質なのかもしれないのです。
解釈の方法は人それぞれですが。

もし、何もない世界に僕たちが勝手に肉付けをしているだけなのであれば、それらは砂上の楼閣である危険性が大いにある。
しかし、社会学はその砂上の楼閣を築く学問なのかもしれません。
だとしたら、その危険性をはっきりと認識していないといけないのかもしれませんね。


これから「社会学って何?」って聞かれたら何と答えるか。

「見えないものに名前をつける学問だよ」

そう答えるようにしたいと思います。
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by rinnken1228 | 2007-05-06 11:48 | は○しケンイチ的こころ

日本人はモラルの低い民族になったのか

みなさまこんばんみ。

ただ今、実家に帰っておりまして。
・・・といっても、ヒマです。
やることなんてありません。

いつの間にか、実家のパソコンが新しくなっておりました。
つい1週間前まではWindows95という、シーラカンスばりの化石っぷりを発揮していたパソコンが、今やWindows Vistaですよ。
大橋巨泉も思わず「ナウい!」と叫んでしまいそうな予感であります。

そんなことを思いつく僕自身が、完全に生きる化石化しているなんて、認めたくもありませんよ。

今日からプレドニンが18mgになりました。
いまのとこ、順調な様子です。
このまま、再発もすることなく完全寛解になってくれればいいのですが。
ネフローゼのことを、ストーカーに例える人もいます。
ストーカーの影に怯えながら生活する人の気持ちが少しはわかったような気がしました。

昼はRun for the Cure Foundationの事務所に行ってきました。
主に事務所の片付けと、あとは先週から続けている乳がん治療を受けられる病院のリストアップ。
なかなか難しいんですよね、この作業が・・・
乳がん学会(そーゆーのがあるんすよ・・・)のホームページに載っている学会認定医の勤務先が古すぎるんです。
しかも、中にはこの世にいなかったりするわけで。
あまりの杜撰さには、腹が立つのを通り越して褒め称えたくなる気分になってくるものです。


最近、どうもおちゃらけたことしか書いておりませんで。
一部の読者さんからの苦情が殺到しておりますので、少しは真面目なことも書こうと思いまする。
ただのエロガッパだと思ってたんでごわすか?

いやいやいやいや・・・・・・

その通り、ただのエロガッパでございます。(←ヲイ!

はい、話が思わぬ方向に逸れまして。
それでは、以前から書こう、書こうと思っていたことでも書こうかと思いまする。


ちょっと前の話ではあるけれど、こんな事件があったそうで。
メディアでも随分と報道されていたし、知っている方も多いのでしょう。
何を今さら、という気分でもありますが、あえて書いてみることにする。
別に、自分にそういった趣味があるからではないですからね。
先にくぎを刺しておきますが。

この事件に対する評価は2つ。
主に、通報しなかった乗客に対する「批判」と、その対極に位置する「擁護」。
僕自身は彼らを擁護することも、もちろん批判することもできやしないと思っています。
なぜならば、僕はその場にいなかったのだから。
ただ、それだけ。

もしその場に自分がいたとするならば。
もしかしたら、体を張って助けに行ったかもしれない。
だとするならば、僕は彼らを「情けない」と一笑に付すだろう。
そんな一瞬のヒロイズムに酔いしれることもできるかもしれない。
「日本も美しい国情けない国になったなぁ」などと。

でもその一方で、もう1つの可能性さえも存在する。

何もしなかった
という選択肢。
だとするならば、自分は周りから後ろ指を指されることになるだろうし。
一生(とはいわないまでも)の禍根を残すことにもなるだろう。
おそらく、そっちを選ぶ可能性のほうが高かったんじゃないか。
だから僕は、彼らを批判も擁護もする気はないわけで。

その中でも、どちらかを選ぶとしたら、おそらく僕は彼らを擁護するでしょう。
この報道を見た時、とっさに思いついたのがKitty Genovers事件。
Kitty Genoversという女性が殺害され、死姦されるのを38人が多かれ少なかれ目撃していたにも関わらず、通報しなかったという事件。
社会心理学などでは、援助行動や傍観者効果、介入といったトピックを扱う時に例に出される事件ですが。
この前の社会心理学の授業でも登場してきまして。
あまりのタイムリーさに驚きましたが。(笑

ここで、38人は援助行動を起こさなかった。
その行動を起こしたのは39人目だった。
じゃあ、彼らはなぜそのような行動を起こさなかったのか。
それは、社会心理学でいう傍観者効果で説明されるわけで。

それが、今回の事件にも恐ろしいくらいにしっくりと当てはまるのです。
事件から30年以上たった今でも、それがアメリカではなく日本で。

彼らが援助行動に走らなかった理由はいくつかあるのでしょう。
援助者の数、場の雰囲気、援助コストといった、援助の性質そのものへの問題。
実際に、その場の雰囲気に呑まれて動けなかった人はいたはずです。
そしてまた、助けに行った際に自分に降りかかるコストと天秤にかけた人もいたのでしょう。
それは単に、肉体的なコストだけではなくて、時間的・精神的コストもすべて含めて。
だから、もしかしたら、彼らの選択はある意味で非常に合理的だったのかもしれません。
皮肉な話ではありますが。

ほかにも、単に男女の痴話ゲンカ、と思った人もいるのでしょう。
男女のそういった問題には、周囲は介入したがりませんからね。
ある意味、「多数の無知」といった状態でしょうか。

そして最後は、「責任の分散」。
ある意味で、フリーライダーになってしまう、ってことですな。

これらすべて、人間にとっては非常に合理的な選択ではあるのです。
それがその後どのように評価されるか、は別問題として。


犯人のやったことは卑劣極まりない行為。
被害者はもしかしたらPTSDなどを患っているかもしれません。
そのような状況の中での、周囲の行動は一見「非人間的」。
けれど、それは日本人のモラルが低下したからでも、この場が特殊だったからでもなんでもない。
どこでも起こり得るものだったはずです。
それが例え、渋谷のど真ん中だとしても。

もちろん、それらを机上の空論、として片づけてしまうことは簡単なことです。
しかし、このような状況はほかの場所でもあり得る、ということは常に意識しておかねばならないことで。
その都度、その都度、モラルの低下を引き合いに出したところで、何も成長することはないわけです。
だったら、そのような状況を生み出さない、社会的装置を作ることこそが必要だと思います。
どうしたら、その犯罪そのものをおこさないようにできるのか。
それを一番に考えるべきなのに、話がどこかすり替わっているように感じてならぬのです。


ある事件には2種類の傍観者がいます。
1つはその事件を本当に目撃する者。
もう1つは、その事件を目撃することなく、人づてに聞くもの。

前者はその事件に対して口を開くことはあまりないけれど、後者はそれらにたいして思い思いの判断を下す。
それらに対して、利己的かつ責任を持たない評価を。
そのような評価は、どうしてもセンセーショナルな事象に共鳴しがちで。
「2重の傍観者」モデルとでも勝手に名付けましょうか。

それらが概して悪いことである、とは言い切れない。
けれど、そうすることが話の本質そのものをすり替えてしまう可能性があることも、頭の中には入れておかないといけません。
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by rinnken1228 | 2007-05-02 22:49 | は○しケンイチ的こころ

ひとりのひとりによるひとりのための脳内妄想旅行に出てみた

みなさまこんばんみ。

雨の中、病院まで入院証明書を取りに行ってまいりまして。
病棟にも遊びに行こうと思ったのですが、結局行きませんでして。
だってさ。

・・・もう、Nさんはいないですしね。

できることならば。
海に向かって叫んでみたい。
♪一億人から君を見つけたよ♪
とか、言ってみたい。

いやむしろ、叫ばせていただきたい。
なんでもするから。
お金払うから。
「お帰りなさいませご主人様」って言うから。(はぁと)

というわけで、Nさんについてお心当たりのある方は、僕にまでご連絡いただきたく。
どこぞの国家機関をならって、懸賞金かけますから。


明日からプレドニンが減薬です。
20㎎から18ミリグラムに。
だんだん減る量が微妙になっていきますが仕方ありません。
2年も飲み続けるのはなんだか気が遠くなりますが、根気よくやっていこうかと思います。

今頃になって、顔が丸くなったとよく言われます。
実際、最近気にはなっているんですよね。
加えて、巨大な二重あごができていることに気付き・・・

なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!

と、思わず叫んでしまいましたよ。
朝、自分の顔が変わっていたら・・・
そりゃあ、ビックリしますわな。

どうやらこれもプレドニンの効果のようです。
こういうところで効果を発揮していただかなくても結構なんですが。
脂肪の代謝異常を起こす作用があるそうで。
他にも吹き出物やにきびがたくさんできる人もいるらしく。
本当に、はた迷惑な話です。

なので、僕に対して「太った?」などとは間違っても聞かないでいただきたい。
太ったんじゃないよ、プレドニンが僕を太ったように見せているだけだよ。


そういえば。
世間では今週は黄金週間という名の大型連休だそうで。
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
かくいう僕も、今週は1週間まるごと授業なし。
ここまで計画的に時間割を立てれば、夏川純も惚れるでしょう。
はいはい、調子乗りましたよ。

そんな僕ですが。
この1週間は・・・

暇・ヒマ・ひま・・・

その一言に尽きるわけで。
誰か私にかまっていただきたい。
誰か私をどこか遠いところへ連れ去っていただきたい。

寂しすぎて瀕死のウサギを、誰か救っていただきたい。
そんな僕は、ひとり脳内ドライヴを楽しむのです。
ひとり遊びでもいいのよ。ひとりプレイでもいいのよ。
ひとりエッチでもいいのですが。

助手席に誰を乗せるかは、読者の皆様にお任せいたします。


ではごー。

・春風爽やかな南房総と花を愛でる旅
もう春ではありませんが。
房総だけにあっちのほうも暴走してしまうのでしょうか。

・御殿場でショッピングを楽しみ、箱根の湯に癒される旅
この期間、御殿場のアウトレットなどは大混雑の様相を呈しているのでしょう。
そんなときはこんな状況も起こりうるわけで。

:「私・・・したくなってきちゃった・・・」

:「何を?」

:「だ・か・ら!したくなってきちゃったの!」

:「だったら、ここですればいいだろ?」

:「いやよ!だって、いろんな人がみてるし。」

:「何言ってんだか。見られないと濡れないくせに。」

:「や~だ~(はぁと)」



本当に、失礼いたしました。
おあとがよろしいようで。
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by rinnken1228 | 2007-05-01 23:06 | は○しケンイチ的こころ

徒然なるままに、人生それぞれ

みなさまこんにちは。

昨日、突然の雨にやられまして。
なんなんですか、あの激しい雨の降りっぷりは。
久々に朝早く起きたことを呪っていたわけですが、意外と大丈夫でして。
運がいいのだか、悪いのだか。
よくわかりません。


社会復帰、少しずつですが進んでおります。
揚州も、仕込みだけのシフトに入ることになりまして。
朝、食材を準備するやつです。

とか言いつつ、仕込みのスピードが遅いので、営業の時間にズレ込むんですけどね・・・
みじん切りとか、うまくできません。
自炊する時も、みじん切りとかしませんからねぇ・・・
コツを教えていただきたいものです。

しかし、立ち仕事が一番腎臓に負担をかけるそうなので、ほどほどにはしておきますが。
バイト先の友人も、僕のことを気遣ってくれて、本当に嬉しいかぎりで。
つくづく、友人に恵まれているなぁ、と思います。

揚州にハンディが導入されまして。
機械でオーダーを取るようになったんですよ。
それがまた、面倒くさくてですね・・・
ただでさえも機械に弱い僕が、ハンディなんて扱えるわけないじゃないですか。
ホールではそれなりに使えるほうだったのですが、今では使えない子の最右翼に転落しまして。
キッチンでの使えなさには定評がある僕、一気にお荷物になってしまいまして。
そろそろ戦力外通告も視野に入ってきた今日この頃であります。


さて。
昨日はW塾池袋校飲みがありまして。
結構な人数が集まりました。
ほとんどが卒業した人で。
就職して忙しい毎日を送っている方、院に進学した方、就職が決まった人、院を受けなおす方、相変わらずの恋愛遍歴を辿っている方・・・
いろんな人がいるものです。
就活をせずに、フリーターになった方もいました。

そう考えると、就職のためだけに大学を選ぶ、っていうのもなんだか馬鹿げた考え方だなぁ、などと思ってしまうのです。
もちろん、就職せずに自分のやりたいようにやる、というのはとても勇気のいることですが。
どうしても安定を考えてしまうものです。
しかし、実際にそういったことができる人もいる。
もちろん、評価は分かれますがね。

でも、なんで就職するのか。
そもそも、なんで就職活動をするのか、を根っこから考えなきゃいかんなぁ、と思いまして。
とてもいい機会でした。


ちなみに。
誰か職場の女性を紹介するよう頼んだところ・・・
「アンタはもっと自分を磨きなさい」

・・・ごもっとも・・・


これからゼミテンと写真美術館に行ってきます。
外国人写真家のみた東京。
面白そうです。
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by rinnken1228 | 2007-04-29 12:40 | は○しケンイチ的こころ

減薬に思う

みなさまこんにちは。

一部の地域で、は○しケンイチ死亡説が流れているようで本当に困っております。
誰だ、そんなデマ流したやつは。
たまに、「あれ、生きてたの?」とか言われると、ふつーにへこみますから。

僕は死にましぇーん!

そう声を大にして叫びたい。
そりゃあ、浅野温子も涙を流しますわ。
ついでにあっちのほうも涙で濡れているのかどうかは知りませんが。

・・・はいはい、出だしから好調なようで。


最近塩キャラメルなるものがはやっているそうで。
そんでもってね、意外とおいしいんですよ、これ。
しかも、そこまでナトリウムも入ってないっていう。
ここんとこ、よく食べています。

ここ数日、塩分取りすぎだろ、的な日が続いておりまして。
昨日もラーメン食べてしまい・・・
スープ系が一番怖いんですよね~。
外の生活に慣れてきて、入院中に感じたこと、考えたことを忘れてしまっているような気がします。
ふー、初志貫徹だなぁ。
ん、ちょっと違うか。


昨夜、W塾の契約更新に行ってまいりまして。
わざわざ四谷まで足を運ぶことになり。
実は、4年目にして初めての契約更新でして。
それまでは1年目と同じ給料でして。
どんだけ効率の悪い働き方してるんだ、って話ですよね。
やっと、給料が上がりました。
少しはカメラを買う金の足しになる、ってもんです。

会場でT田さんとM倉に会いました。
久々に会ったなぁ、なーんてことで、食事に行くことに。
四谷という場所は本当に食事をするところがなくて困ります。
J智大生はどこで食事をするのでしょうか?
ジョナサンでしょうか?
・・・謎です。

話に花が咲き、日付けがかわる直前までしゃべり続けまして。
アルコールが入っていないにもかかわらず、下ネタのオンパレードという。
おそらく溜まっていたのでしょう、いろんな有象無象が。

話は数学の話が中心になりまして。
といっても、僕は全くわからないんですけどね。
ついていくだけで精一杯でしたが。
というか、ほぼ確実に置いてかれてましたが。

ま、数学といっても・・・
紙とペンだけで昇天できるか?
という話がメインだったんですけどね。
それを4時間延々と話し続けるという・・・
周りの客の冷たい視線を背中に感じましたが、そんなものは関係ありませんよ。
知ったこっちゃありませんね。

ちなみに
・・・僕は昇天できません。
さすがに紙とペンじゃあヌケないだろ。

はいはい、
話がズレました。


さて。
少し前からプレドニンの量が減りまして。
25mgから20㎎に減薬。
いまのところ、経過は順調なようです。

60㎎飲んでいた頃からそこまでプレドニンの副作用が出なかった僕なので、減薬をした実感はそれほどないのですが。
少しだけ、ぐっすりと眠れるようになったかなぁ、と感じる程度で。
逆にそれはそれで怖いんですけどね。
朝起きれなかったらどうしようっていう、逆の不安が・・・orz...

ただ、気分的には相当楽になります。
体調がいい方向に向かっているんだなぁ、と目に見えるカタチで感じることができるから。
たかが5㎎なんですけどね。
でも、たかが5㎎、されど5㎎。

それにあわせて、色々な部分で外に出ようとし始めているわけで。
例のボランティアを始めたり、職場復帰も少しずつですが進んでおり・・・
もちろん限界はあるけれど。
運動は当分の間はできそうにないし、そこらへんの気持ちの整理はつけたつもり。
本当はフィールドワークも微妙だったそうなのですが、無理を言ってOKにしてもらい・・・
それを取ったら、僕が僕でなくなるような気がしましたからね。

外の自由な世界で、いろんなことに挑んでみたい。
でも、制限がある。
だからこそ、その範囲内では最大限に自分の力を使ってみたいと思ってる。

けど、やはり再発の不安はいつも頭の片隅には潜んでいて。
時々、それが首をもたげてやってくるわけで。

特に減薬したその日は、嬉しさの反面、緊張の瞬間でもあり・・・

何が原因で再発するかわからない。
なる人もいれば、もちろんならない人もいる。
こうしたら確実にならない、ってセオリーがないからこそ、不安でしょうがなくて。


今は、この病気にかかったことをプラスに捉えている自分がいるような気がします。
どちらかといえば。
でも、再発したら、同じような精神状態で果していられるかどうか。
自信など、あるはずもなく。

病気に対する捉え方んて、それこそ十人十色。
この病気になってよかった、なんて思う人はほとんどいないでしょう。
でも、神様がくれたいい充電期間、と前向きに考える人は少なくない。
でもその一方で。
自暴自棄になったり、精神的に落ち込んだり、病気を苦に自分の命を絶ってしまう人もいるわけで。

それは、その人の闘病体験による部分が大きいのでしょう。
年齢・社会的ステータスといった個人的なことから、周りの支えてくれた人たちだとか、病状の深刻さだとか、薬の効き方だとか副作用だとか・・・
病気関係の掲示板への書き込みを見ていると、本当にそれをよく感じます。

どれをとっても、今の僕はとても恵まれていて。
医師の先生方や看護師の方々には本当によくしてもらっているし。
Nさんとか、最高でしたからね。
もう、会えないかもだけど。おかべ、連絡先聞いといて☆

入院していなければ、出会っていないような人とも出会えた。考えもしないようなことを考えるような機会だった。
毎日のように誰かしらが顔を出してくれて、そういう意味でも自分は恵まれているなぁって実感して。
ステロイドにもよく反応する体質で、副作用もなく。

そして。
自分が大学生だった、という部分がもっとも大きかったのかもしれません。
1年モラトリアムの期間が延びたって、あまり大したハンデにはなりませんからね。
でも、自分がもし社会人だったら?
このブランクはどうだったのでしょうか?
そう考えると、少し恐ろしい気分にはなります。


どちらにせよ、今の時点では前向きに考えている自分がいる。
でも、それはすぐに裏返ってしまう可能性を常に秘めているわけで。
その最大の因子は「再発」なのでしょう。

その時、僕が就職していたら?
自分はどうなってしまうのか。
常にその影に怯えながら生活するのもバカバカしいし、腹が立ちますが、向き合っていくしかないんですよねぇ。
最悪のことなんて考えること自体、間違っているのかもしれませんが。


もしかしたら、減薬してからが正念場なのかもしれません。
・・・はぁ、長いのぉ・・・
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by rinnken1228 | 2007-04-22 17:44 | は○しケンイチ的こころ