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悲しみの果て




死にたいなら、死ねばいいじゃん、って思いますけどね。
そういう勇気があるだけ、僕からみたら、尊敬に値します、いや本当に。
自殺した子からしたら、僕みたいな人間は、ただの臆病者に違いないのでしょう。

三島の仮面の告白ではありませんが、僕はよく、将来こういう死に方をして・・・みたいなしょーもないことで空想に浸る性癖みたいなのがあって、自分自身は死ぬことに対して恐怖心を持っていないんだと思っていましたが、実は一番死に対して怯えているんだろうなぁ、なんて思うようになりました。
逆説的ではありますが。
勇敢な奴ほど早く死ぬ、といいますか、そういう論理でしょう、たぶん。
・・・違うか。


話はそれましたが、こういう事件おきると、いじめはいけないだとか、命は粗末に扱うなとか、結果しか見てないような議論をよく見かけますが、そういうのってどう考えたって幼稚だよね。
いじめが原因だかなんだか知らないけれど、自殺するのは誰かに言われたからじゃなくて、自分で決めたことなんだし、悔いはないでしょ、って思いますけどね。
粗末に扱ったかどうかなんてのは、結局他者からの尺度でしかないわけだから、そんなのを当てはめたってしょうがないわけです。
死んだ人は、もう何も語らないのだから。
戦争における「犬死」と「名誉ある死」の違いみたいなもんでしょうか。
結局、戦死だっていう・・・wwwww

そもそも生きることが絶対的な善になる、って発想自体僕は好きじゃないですけどね。
生きることを強制的に強いる必要はないんじゃないかなって。
死ぬのも自由じゃね、っていう。
どうせ、1年も経てば忘れるわけだからさ。
だから、死にたきゃ死ねばいい、っていう発想になるわけ。
いま騒がれてる環境問題を解決する一番の方法は、人口を減らすことらしいから、口減らしの口実にはなるんじゃないですかね。
極論言えば。

いじめだってそう。
だったら、部落差別とかやめたら?とか思うし。
どんないじめだったかは知らんが、部落差別よりはましでしょ。
僕の昔住んでたところは、部落差別がひどかったですからね、僕はまだ小さかったし、よくわからないけれど。

そういうご都合主義は、あまり好きではないねぇ。


いじめが本当に社会問題だと思うのであれば、命の尊さとか説いて回ったって、効果ないわけですよ。
だって、対症療法でしかないもの。
もちろん、死にかかっている人を救う効果はあるかもしれんけど、根本的な解決にはならんと思う。精神論じゃ解決できない状況にまでなってるわけでしょ、現実問題として。

いじめがいけないとかなんとか言ったって、それでいじめがなくなるんだったら誰も苦労はしないはず。
自己と他者がいる限り、差別の感情は絶対に出てくるわけだから、それは仕方ないものとして向き合うしかないわけでしょ。
いじめはいけません、なんて上から押し付けたように言うんじゃなくって、もとから起こらないシステムみたいなものを作ってしまえば、いじめなんてなくなるんじゃね?
個人の努力に帰そうとするから、話がおかしくなるんでしょ、たぶん。
人間ってのは、環境によって行動が規定されるんだと思うので。


日本の学校教育の特質としても、子供にとっては学校が、社会の全部みたいなところがあるわけだから、そういう小さなコミュニティの中で、いじめを阻止するようなシステムを作ることができなかったら、社会における差別なんてなくすことはできないと思いますがね。
ちなみに一番の方法は、強権政治を敷くことだと思います。
とりあえず、先生がことあるごとにキレる、みたいな。

まぁ、今の社会じゃ無理じゃろね。
ちゅーわけで、いじめはなくならんと思う。
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by rinnken1228 | 2009-01-21 10:23 | は○しケンイチ的こころ

派遣村に思う

昼を食べていたら、歯が欠けました。
これまで虫歯になったこともなく(誤診はあるけどwww)、口内環境はいたって良好だったのですが、それもついに終焉を迎えたようです。
虫歯なのかよくわかりませんが、とりあえず明日歯医者に行ってみようと思います。


Excite エキサイト : 社会ニュース

派遣村ってのが話題だそうですね。
伝聞推定形で書いているあたり、我ながら情報格差を感じます。

僕は派遣切りってのが本当に悪いことなのかどうかも判断しかねますし、そもそもそれを大々的に報道しちゃってるテレビってのも、派遣で成り立ってる業界じゃねーか、なんて突っ込みを入れてしまいたくなります。
僕にとっては、派遣をきること自体は、企業が生き残っていくために取る選択肢としては間違ってはないんじゃないかなと思っています。
それが、世間からどう思われるかは、また別問題ですが。

おそらく、派遣切りをされた人たちが絶対的に同情されるべき存在で、保護されるべき存在であるとは言い切れないと思います。
もちろん、個々のケースによると思いますが、中にはなるべくしてそうなったって人もいると思うし。
だから、一くくりにして救済しなきゃいけないってことはない思う。

もちろんそんなことを言ってられるのは、自分が当事者ではない、ただの傍観者だからな訳で、そんなことは重々承知しているわけですが、なんだかんだと意見してる連中ってのは、結局は外野にすぎないわけで、だったら自分も当事者になってみろとか思ってしまいます。
「救済しろ」とかなんとか言うのなら、募金するなりボランティアにでも参加してから言ってみろと思います。
だから、僕自身は批判できる立場には立っていない。
いや、そもそもそれ自体が社会問題だとは思っていないから、救済する必要自体あまり感じていないわけです。

そもそも、どうして救済する必要があるのか。
そこについては色々と疑問が付きまといます。
日本が国際競争力を持つ国としてやっていきたいのであれば、現状から見ると福祉政策に力を入れることは難しいんじゃないかと思います。
理由は簡単、税金が安すぎるから。
手厚い福祉を受けるためならば、北欧レベルの消費税とか、あるいはタバコも1000円くらいにしなきゃいかんと思います。
僕は反対ですが。

それに加えて、公共事業も色々展開しなきゃいけない。
そうしたら、雇用が増えますからね。
同じようなことを金融恐慌の際に、アメリカはニューディール政策としてやっていましたが、短期的にみれば成功だったけど長期的な目で見たら必ずしも成功とは言えなかった、なんて話を聞いたことがあります。
根拠は忘れましたが。

とりあえず公共事業ってのは、国民の血税を使って行う事業なわけですから、みのさんとか鳳さんとか古館さんあたりはまた、無駄遣いだのなんだのと騒ぎ出すのが関の山でしょう。
政府としてもやらなくてもいい公共事業に手を出すくらいなら、もっと有益なところに手を出すべきだとも思います。

そうすると、あえて切り捨てる、って選択肢もあるんじゃないかな、って思うんですよ、僕としては。
弱者が切り捨てられるっていう社会をあえて作り出すとすれば、そのなかで淘汰されないようにあがくでしょうから。
そうしたら自殺が増えるだとかなんとか言われそうですが、混沌とした時代こそ自殺は少ないそうなので、おそらく大丈夫だと思います。
死ぬのだって一苦労ですからね。

死ぬことだって、生きることだって、どちらも同じくらい労力を使うもんだって思います。
だったら、生きることにその労力を費やせばいいんじゃね、って思いますがね。
消極的な言い方かもしれませんが。
それくらい一生懸命生きてみろって、上から目線ですが、思います。

生活に困るんだったら、一揆でも徒党でもなんでもやってみて、社会不安にでも陥ったら、たぶん救済されると思います。
それくらいやってみたらどうだって思いますがね、本当に困っているならば。
極論ですがね。

逆に言えば、自殺できるくらいの勇気がある人ってのは、僕からしたらすげーなって思います。
でも、尊敬はしないと思います。
なぜなら、自分で続けることを拒否したから。


そんなことを思ってしまった、日比谷公園での出来事でした。
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by rinnken1228 | 2009-01-04 20:13 | は○しケンイチ的こころ